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2014.12.26
 いよいよ2014年の最後のメッセージとなりました。年末の慌ただしい中ですが、お元気でお過ごしでしょうか。わたしたちはこの年末年始の休みを利用してファミリーリユニオン(親族の集まり)を行います。成長した孫たちと4年ぶりに会えるのでとても楽しみです。
 さて、みなさまにとって2014年はどんな年だったでしょうか。わたしにとっては、他では決して見いだせない「モリンダの価値」を再確認した年でした。
 モリンダの第一の価値は、関わるすべての人々の想いを1つに集約する「原点」の存在です。1996年、その原点から流れ出るエネルギーが共通の志を持つ人々を引き寄せ、モリンダ社が創設されました。そして今、同じ想いを受け継いだ数多くの人々によって「世界のために良いことをさせていただく」事業が地球規模で展開されています。わたしたちはこの事実を、モリンダのあらゆる活動の底を流れる「伝統」として、これからも大切にしていきます。
 また、設立当初からノニの健康上の価値を確信していたモリンダは、その価値を証明するために科学的な裏付けを得る作業に力を注いできました。世界で初めてのノニ専門の研究施設を開設して基礎研究を地道に行い、ノニの有用性や安全性の解明に尽力するとともにその成果を学術論文としてまとめ、公表してきました。また2009年には、モリンダ研究者によりノニの特性が一般のポリフェノールとは異なる『イリドイド』によるものであることが明らかにされました。そして2011年、より広範囲にわたるイリドイド研究を進めるため、最新鋭のLC/MS(高速液体クロマトグラフ質量分析計)を導入、現段階でノニの実と葉を合わせて23種類のイリドイドが確認されています。この結果、タヒチアンノニ ジュース後に登場するスーパーフルーツジュースと呼ばれる健康食品群の中で、モリンダのスライブ製品(現トゥルーエイジ製品)は他と一線を画すこととなったのです。
 そして今、AGE(終末糖化産物)との出逢いがモリンダの価値をさらに拡大しました。AGEの世界的権威であるビンセント・モニエ博士や、モニエ博士を師と仰ぐ久留米大学医学部の山岸 昌一教授によるAGE測定推進活動を、簡易型のAGE測定デバイスを提供することにより支援してきました。この取り組みにより、モリンダは今やAGEのリーディングカンパニーとして、130兆円とも言われる規模の市場に影響力を発揮しようとしています。
 しかし、伝統と科学を大切にすることから生み出されたこうした価値は、3番目の価値がなければ世代を超えて受け継がれていくことは望めないでしょう。そうです。1996年の創業以来モリンダの哲学に共鳴し、信頼の絆で世界中のたくさんの人々にメッセージを雄々しく伝えてくださっている有能で誠実なIPCの方々。この方々の存在がなければ、今のモリンダはありません。みなさまに申し上げます。わたしは日々、このようなIPCのみなさまから大きなエネルギーをいただいています。IPCのみなさまにお会いするたびに元気が出ます。
 伝統と科学を重んじ、人に支えられるモリンダ。これが他では得られないモリンダの3つの価値です。来年もこれらの価値を高めながら、みなさまが抱いておられる夢の実現のご援助ができればと願っています。2月のインターナショナルリーダーシップカンファレンス(ILC)にはタヒチのエドアルド・フリッチ大統領の参加が決まりました。モリンダでなければできないことです。
 今年1年ご愛読いただきましてありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください。
by ohkimakoto | 2014-12-26 00:00 | 2014年分
2014.12.19

 少し前にある尊敬するIPCの方から、松下 幸之助さんが亡くなる直前に書いた直筆の書のコピーをいただきました。最近身内に不幸があったこともあり、読んでいて身につまされました。「経営の神さま」として世界に向けて大きな影響力を発揮した方の晩年の「悟り」を垣間見た想いです。原文のままご紹介します。みなさまへのささやかなクリスマスプレゼントになればと思います。


年を取ったらでしゃばらず

にくまれ口に泣き言に

人の陰口 愚痴言わず

他人のことは ほめなはれ

聞かれりゃ教へてあげてでも

知ってることでも知らんふり

何時でも「あほ」でいることだ


勝ったらあかん 負けなはれ

いづれお世話になる身なら

若いもんには花もたせ

一歩さがってゆずるのが

円満にゆくコツですわ

何時も感謝を忘れずに

どんな時でも有難う


お金と欲を捨てなはれ

なんぼゼニカネあってでも

死んだら持っていけまへん

あの人はええ人やった

そないに人から云はれるよう

生きてるうちにバラまいて

山ほど徳を積みなはれ


昔の事はみな忘れ

自慢話はしなはんな

わしらの時代はもう過ぎた

なんぼ頑張り 力んでも

体が云う事ききません

あんたは偉い わしゃあかん

そんな気持ちでおりなはれ


我が子に孫に世間さま

どなたからでもしたわれる

ええ年寄りになりなはれ

ボケたらあかんそのために

頭のせんたく生きがいに

何か一つの趣味持って

せいぜい長生きしなはれや


 この後に あいだ みつをさんの『そのうち』の詩がほぼ正確に引用され、「長生きしましょう」という言葉で結ばれています。『そのうち』はわたしも講演会でご紹介するのですが、松下 幸之助さんにとってはそらんじるほどに共感するものだったのではないでしょうか。わたしなどはまだまだこの境地に到達することはできませんが、人生の偉大な先輩がその生涯を通して体得した教訓として、大切にしていかなければと肝に銘じています。

 月曜日(15日)に全国から1,400名の方々が参加して開催されたBPN会※のサクセスフォーラムでは、敬愛してやまない 上田 比呂志さんが講演をしてくださいました。老舗料亭に生まれ、三越、ディズニーでの経験を通して「おもてなし」の心を体得し、提唱しておられる方です。次の言葉が心に残りました。「源流を見つめ、命を輝かせてください。源流から出た清い水が流れとなって、人々の心に伝わります」。モリンダにはこの「源流」が存在し、源流からほとばしり出る清い水、すなわち、源流を見いだしたジョン・ワズワースの想いがあってそれを「ありのまま」にお伝えできることを誇りに思います。
※BPN会……ブラックパールになる会。


 今年の大ヒット映画『アナと雪の女王』。その日本語版主題歌『Let It Go~ありのままで~』のメロディーと歌詞が心に浮かんできます。「ありのままで 空へ風に乗って ありのままで 飛び出してみるの 二度と 涙は流さないわ」(作詞Kristen Anderson-Lopez/Robert Lopez/日本語詞:高橋 知伽江)。

「ありのまま」でいられることはどんなに力強いことでしょうか。なぜならそれは、源流からほとばしり出る清い水の流れに身を任せることに他ならないからです。松下 幸之助さんは、「ありのまま」を受け入れることが老いた者の幸せにつながることを教えてくれました。若い人々も同じではないでしょうか。この歌詞にあるように、「ありのまま」を受け入れることによって力を得、輝かしい未来へと導く流れに乗ることができるのですから。

 こうした想いをみなさまと共有しながら活動できるのも、モリンダで働く者の幸せの1つです。


by ohkimakoto | 2014-12-19 00:00 | 2014年分
2014.12.12
 ノーベル賞の授賞式の映像が世界に発信されて、物理学賞を受賞した3人の日本人の姿に同じ日本人として誇りに思った方が多いのではないでしょうか。クリスマスの季節。日本の3人の物理学者によって実現した青色発光ダイオードの光は町を彩るイルミネーションに欠かせないものとなっていますが、それ以上に、世界中で明かりを必要としている途上国の人々、特に夜間の照明がないために勉強や読書の機会が制限されている子どもたちに幸せな時間を届けることでしょう。
 さて、このことに関連してわたしの心を捉えたのは、平和賞を受けたインドのカイラシュ・サティヤルティさんの言葉です。サティヤルティさんは1980年に「BBA/SACCS・南アジア奴隷解放連盟」を設立。奴隷的な境遇にある子どもの救済や、児童労働の撲滅に取り組んできました。25年間で7万人余りの子どもたちを救済し、社会復帰を支援しています。その彼が受賞のあいさつでこう訴えました。「カカオを収穫しながら、チョコレートの味を知らない子どもたちがたくさんいるのです」
 サティヤルティさんのこの言葉から、豊かな文明社会の裏で、生きるためにいまだに過酷な労働を強いられている子どもたちがアジア太平洋地域やアフリカ地域などの開発途上国に数多く存在することが分かります。先進国の経済優先のエゴが途上国の人権をむしばむ結果になっている事実を、わたしたちもしっかりと受け止めなければならないのではないでしょうか。
 このような現実に触れるたびに、モリンダを事業化した5人の創設者の哲学には敬意を表せざるを得ません。彼らの事業の原点は「世界のために何か良いことをすること(Do something good for the world)」でした。この想いは、ジョン・ワズワースがヌクヒバの山の上で天命を受けて以来、モリンダの活動の土台となっています。
 特に、ノニの産地であるフレンチポリネシアの人々に対する創設者たちの姿勢は、単なる原料供給者へのそれではありませんでした。世界のために良いことをするための大切なパートナーと考えたのです。フェアトレード(公正取引)の考えが採用され、ノニの収穫者にはきちんとしたトレーニングを施し、労働に対して応分の報酬を提供する仕組みができました。こうしてノニはフレンチポリネシアを支える一大産業となり、農業輸出品目のトップに躍り出ました。モリンダのフレンチポリネシアに対するこの貢献は世界の注目を集め、2004年には国際連合の外郭団体であるICCC(国際社会協力機構)から社会貢献賞を受賞するに至りました。
 この貢献の先には、当然のことながらフレンチポリネシアの未来を支える子どもたちがいます。以前も本欄で紹介したと思いますが、モリンダ主催のカリブ海クルーズに参加したフレンチポリネシア政府の運輸大臣の話が思い出されます。貧しかった彼の家族がある日本人からの経済的援助を受けたために大学に進むことができ、今、自分の国のために働くことができていると、同じ日本人であるわたしに感謝してくれました。
 考えてみれば、モリンダはこの日本人と同じ機会を、フレンチポリネシアでモリンダのために働く家族、特に教育を受けることを望んでいる子どもたちに提供しているのではないでしょうか。わたしたちの日々の活動が「ノニを収穫する人々にノニの最高の恵みを提供する」のです。このような価値ある事業に携われることを感謝せずにいられません。
by ohkimakoto | 2014-12-12 11:17 | 2014年分
2014.12.05
 いよいよ2014年も締めくくりの月に入り、お忙しい毎日を送っておられることと思います。みなさまにとって今年はどのような年だったでしょうか。
 わたしたちにとっては、特にモリンダとの関わりの中でまさに歴史に残る年でした。1998年秋のモリンダとの出逢い以来心に想い描き続けてきたモリンダの原点であるヌクヒバの地。とうとうその地に立つことができました。そして、これまで20年近くの間ノニを供給し続けてくださっているマルケサス諸島の収穫者の方々やモリンダの事業を支援してくださっている行政担当者の方々とお会いし、IPCや愛用者のみなさまの代表として感謝の言葉を伝えさせていただきました。いえ、特に収穫者の方々とお会いした時は、涙で言葉にならなかったというのが本当のところでしょうか。でも、想いはしっかりと伝わりました。
 確かにモリンダは、ノニという植物が歴史に登場するはるか昔から「感謝」の想いの糸でつながってきました。自分のことを大切に思ってくれている人から伝わったノニが幸せをもたらしてくれたことへの感謝が、世代を超えて繰り返し伝え続けられてきたのです。
 先日、素晴らしい方とお会いしました。女性の方で、たまたまモリンダ ビルディングの廊下であいさつを交わしたことがきっかけで親しくお話を伺うことになりました。その日、初めてモリンダ ビルを訪れたとのこと。ジェード昇格を果たしたばかりだそうです。話を伺って驚きました。まず、彼女はジェードにならないと会社に来る資格はないと勘違いしていて、今まで会社に来ることはなかったということ。もう1つは、IPCとしての活動はすべて独力でしなければならないものだと思い、紹介してくださった方やリーダーの方々の申し出をすべて断って、分からないことがあるとすべてカスタマーサービスに電話をして解決してきたとのことでした。
 大手電力会社で過酷な労働環境にあった彼女はこのままでは命を落としてしまうと考え、救いを求めて整体治療を受けます。そこでタヒチアンノニ ジュースをすすめられ、その良さに気付きました。そして、この幸せを自分だけのものにしてはいけないと思い、伝えたい人のリストを作りました。1万人以上の名前が出てきたそうです。それを、自分が直接話せば必ず登録してくださる人として絞り込んだところ、約300人になり、1人ずつ声をかけているとのことでした。ジェードに昇格したのはその作業の経過に過ぎないとのことで、今では電力会社を辞め、モリンダに専念しておられるそうです。長年勤めていた会社を辞めたのは、モリンダが楽しくて仕方がないからだとのこと。
 うれしくなりました。モリンダのメッセージや製品、プランは、このような方を生み出す可能性を秘めているのです。
 AGE(終末糖化産物)への遭遇以来、モリンダは衆目を集めるようになってきました。感謝の想いをつなぎながら社会貢献に取り組む健全な企業としてのイメージが築かれつつあります。内緒ですが、今週土曜日のゴールデンタイムの人気番組「世界一受けたい授業」で、TruAgeスキャナーが登場します。ぜひご覧ください。実はこのリクエスト、テレビ局からAGE測定推進協会ではなく直接モリンダにいただきました。今までは考えられなかったことです。
 自信を持ちましょう。積極的に語りましょう。臆する必要はありません。今は前進する時です。
by ohkimakoto | 2014-12-05 13:46 | 2014年分
2014.11.28

ヌクヒバのあの感動の体験から1週間が過ぎようとしていますが、あの時に心に感じた想いは決して消え去ることはないでしょう。なぜなら、これまで長年にわたって読み、聞き、想像し、通訳し、自分でも人に伝え、情景を思い浮かべ、夢に描いてきたことの真実がまさに目の前に展開される体験だったからです。


 ノニの谷の上で、深い感謝の想いが湧き上がってくるのを覚えました。まずはジョン・ワズワースに対して。ノニへの探究心に駆られた彼が全財産を投げ打ってタヒチに、そしてマルケサス諸島に行く決意をしなければ、今はなかったでしょう。そして失敗から一度はすべてをあきらめようと思いながらも、それでもノニを求めて険しい山道を走ることをしなかったら、あの谷に来てノニの群生を見つけ、ノニの恵みを文明社会のたくさんの人々のためにもたらすことが、自分の天命であるということに気付かなかったことでしょう。その後も幾多の困難に遭遇しながら、ジョンは決してあきらめずに前進を続けました。それは今も変わりません。


 そして、彼を支えてきた人たち。研究のパートナーとして金銭的に、また精神的にジョンを支えてきたスティーブン・ストーリー。ジョンとスティーブンのノニにまつわる話を聞いて心を動かされ、「世界のためになることをしたい」との長年の望みの実現をノニの事業に託す決意をしたケリー・エイシーとキム・エイシーの兄弟。そして、マーケティングの天才として他企業で重責を担っていたにもかかわらず行動をともにすることを決意したケリー・オルセン。これらの人たちの誰が欠けても、今のモリンダはないのです。


 ジョンのヌクヒバでの体験から20年の歳月が流れ、その間、モリンダは企業として大きな発展を遂げてきました。今では製品が70以上の国々で愛用されています。また、科学技術を積極的に取り入れることにより、数千年にわたって用いられてきたノニを始めとする有用植物への理解が深まり、さらに優れた製品や健康的な生活への手立てを提案することができるようになりました。


 もちろん、こうした発展を支えてきてくださったのが、IPCのみなさまです。ジョンとスティーブンから話を聞いたエイシー兄弟やケリー・オルセンと同じように、ノニのストーリーに心を動かされ、ノニをご自身の人生に取り入れる決意をしてくださいました。それだけでなく、そうして得たご自身の体験をたくさんの方々に伝え続けてくださっています。そのIPCのみなさまの代表である齋藤浩一さん・はるみさんご夫妻とともにヌクヒバの地を訪れることができたことに、ノニの谷を眺めながら、涙が流れて仕方がありませんでした。

26日の水曜日、「黄木 講演会」で訪れた沖縄で1人の男性の方とお会いしました。子どもたちに書道を教えながら講演活動をしておられる方です。会が終わってから、その場で色紙に「夢」という字を書いてくださいました。しかし、その「夢」という字が平仮名の「あ・り・が・と・う」の字でできているのです。子どもたちに教える中で気がついて、書き始めたとのことでした。いただいた名刺には「夢を叶える愛言葉ありがとう」と書いてありました。

 ヌクヒバ以来20年。モリンダはさまざまな夢をかなえる手段を提供してきました。そして、その夢を実現する「愛言葉」が「あ・り・が・と・う」の5文字にあることを再認識しています。

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by ohkimakoto | 2014-11-28 00:00 | 2014年分
2014.11.21
 感動は、伝え聞くことによってある程度は感じ取ることができるでしょう。しかし、それから先、時を越えて事あるごとに呼び起こされ反芻(はんすう)される感動は、その場にいた人々だけにしかあたえられない特権なのではないでしょうか。
 1998年にモリンダと出逢ってから、その原点であるマルケサス諸島のヌクヒバへの旅はわたしにとって夢の1つでした。奇しくもジョン・ワズワース社長が「文明社会から隠されてきたノニの恵みを、世界中のたくさんの人々の幸せのために届ける」との天命を受けてからちょうど20年に当たる今年、モリンダの世界市場における発展に多大な貢献をしてくださった有限会社 南国の齋藤 浩一さん・はるみさんご夫妻のおかげで、その夢がかないました。齋藤さんご夫妻に心より感謝いたします。
 タヒチドリームクルーズを終えて2日後の11月19日、ジョン・ワズワース社長夫妻、ケリー・オルセン最高マーケティング責任者、ション・ホイットニー グローバルセールス担当副社長、エドゥアルド・トゥアイラウ タヒチ行政担当マネジングディレクター、そして齋藤さんご夫妻とともに、わたしたちは「ノニの谷」を見下ろす標高約1,000mの地点に立ちました。今ではパペーテからヌクヒバまでの飛行機もジェット化されて揺れることはありませんし、空港から島の反対側に通じる山越えの道もほとんどが舗装され(地元では「ジョン・ワズワース ロード」と呼ばれています)、20年前のジョンの苦労を追体験することは不可能です。それでも3時間を超える空路と、ハンドルを目いっぱいに切り返しながら山肌を縫うようにして走る狭い道は、当時の様子を想像させてくれるには十分でした。
 麓の蒸し暑さとは打って変わって、山頂からノニの谷を吹き抜ける風はさわやかです。ジープから降りて悪路に揺られた体を休めようとしたジョンにとっても、この風は心地良いものだったに違いありません。あれから20年の歳月が流れましたから植生も変化しています。それでも、一目見てそれと分かるつややかなノニの葉が日差しを照り返してきらきらと輝いています。
 20年前にジョンが谷を見下ろすこの地点に立って以来、無数の人々の人生が変わりました。マルケサス諸島の人々の生活も例外ではありません。空港のロビーや神殿の跡地で勇壮なマルケサスダンスを披露してくださった人々、モリンダとともに歩んできてくださった収穫者のみなさん、そして地元の行政の長のみなさん。それぞれが、自分たちの生活に恵みをもたらしてくれたモリンダに深い感謝の気持ちを抱いてくださっています。そして、ノニの収穫に携わる機会を増やすことによってもっとモリンダに貢献したいと願っています。マルケサス諸島全体の行政の代表であるカウタイ・ベノイト・テイキヘエタイさんは、来年2月のインターナショナルリーダーシップカンファレンス(ILC)に参加し、その感謝の想いをIPCのみなさまに伝えてくださることになりました。また、ジョン社長の要請により、エドゥアルド・フリッチ大統領も参加の方向でスケジュールを調整してくださっているとのことです。
 わたしはジョンがケリーとともにノニの谷を見下ろす機会を得たまさに今日、2014年11月19日に、モリンダの新たな時代が幕を開けたと感じました。そして齋藤さんご夫妻がその扉を開いてくださったことに心より感謝しています。
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by ohkimakoto | 2014-11-21 11:10 | 2014年分
2014.11.14
 今、南太平洋の海を滑るように進むポール・ゴーギャン号の客室のベランダでこのメッセージを書いています。正面にバリハイ山の先鋭な頂が見えます。タヒチドリームクルーズへの参加資格を獲得された12組、24名の方々とともに、焼けるような南太平洋の日差しを満喫しています。モリンダ発祥の地であるタヒチとタヒチの人々に対する感謝の想いは、この地を訪れるたびに増すばかりです。
 今年は、ジョン・ワズワースがヌクヒバの谷でノニの群生と遭遇してからちょうど20年の記念の年に当たります。マルケサス諸島のヌクヒバからパペーテまでの帰りの飛行機が3日待たないと来なかったことを、今さらながら幸運だったと思います。あの3日がなければ、失意に打ちひしがれていたジョンがヌクヒバの山の上で天命とも呼ぶべきインスピレーションを受けてノニを文明社会に届ける決意をすることはありませんでしたし、投資家のケリー・エイシーとキム・エイシーの兄弟も、「心臓をマッサージされる」ほどの感動を受けることはありませんでした。また、ネットワークビジネス業界でマーケティングの天才と呼ばれていたケリー・オルセンが、モリンダに自分のすべてを賭けようと思うこともなかったでしょう。わたしたちも、人生の集大成の時期にあって、終生の友と呼ばせていただけるたくさんの素晴らしいIPCのみなさまとともに、日々新たな目標に向かって前進する機会を得ることはなかったと思います。
 今回のタヒチドリームクルーズのハイライトの1つは、初日のSOSビレッジ(モリンダが支援している児童養護施設)への訪問でした。「世界のために何か良いことをさせていただく(Do something good for the world)」というモリンダの設立当初からの哲学が、具体的にどのような成果をもたらしているのかを目の当たりにすることができる場所です。
 子どもたちの歓迎の歌声とつぶらで美しい瞳には、いつも癒されます。彼らの未来の可能性のためにわたしたちの努力の幾分かが役立っていると考えると、思わず涙が込み上げてきます。
 今回はBPN会(ブラックパールになる会)のみなさまからの寄付100万円が、片山 宏亮(ひろすけ)さんから手渡されました。BPN会のみなさまには心から感謝の意を表するとともに、これまで同様の志を寄せてくださった他のグループのみなさまにも、この場を借りてお礼を申し上げます。
 歌の後で、11歳の女の子に手を引かれて、彼女の部屋に案内してもらいました。ベッドと机とキャビネットだけの簡素な部屋でした。一緒に絵を描いて交換しました。ビレッジを離れる時、彼女はわたしが描いた絵をかざしながらバスを見送ってくれました。地球の裏側の南太平洋の小さな島で、1人の子どもとほんのひとときでも心を通わせることができた経験は、わたしたちにとってかけがえのないものとなっています。
 モリンダの事業は壮大です。でも同時に、住む場所を問わず一人ひとりの心に希望をもたらすメッセージでもあることを改めて心に刻んでいます。
 来週はいよいよヌクヒバからのメッセージです。
by ohkimakoto | 2014-11-14 10:01 | 2014年分
2014.11.07
 今日は久しぶりに新宿のモリンダ ビルディングにおります。天候は快晴。7階の社長室からは、どこまでも澄み切った秋の空を背景にそびえ立つ高層ビル群が見えます。中心に位置するのが新宿アイランドタワー。今日は、そこで体験したある出来事についてご紹介しましょう。
 10年ほど前でしょうか。アイランドタワーに本社を置くある有名企業から、新たな事業本部を立ち上げるので時間管理の研修をしてほしいとの依頼を受けました。まずは事業本部長を筆頭とした経営幹部への研修、次いで関東各地の支店での現場担当者への研修を行うようにとのことでした。
 経営幹部への研修は、事業本部長と副本部長、部長4名、課長4名の計10名の出席でしたが、講師卓を中心に扇形に並んだ席には、中心に本部長と副本部長、その2人を挟んで両脇に部長が2名ずつ、そしてその脇に課長が2名ずつ座りました。歴史の長い企業ですから役職に対する意識が強いのはよく分かりますが、そこまでするかと少々驚きました。研修が始まって、わたしからいろいろ質問するのですが、なかなか答えてくれません。しきりに真ん中に座っている2人の上司の顔色を伺っている様子でした。今時こんな企業も存在するのだと、半ばあきれ気味になっている自分がいました。
 しかしそんな中でも、「この人は見込みがある」と思った人が1人いました。向かって左の端に座っていた若い課長職の人です。質問には的確な答えが返ってきますし、周りを気にするといったそぶりも見えません。わたしは次第に彼を中心に話を進めるようになりました。
 研修が終わりました。終わるや否や、1人を除いて全員が本部長に続いてそそくさと会場を後にしました。残ったのはその若い課長です。参加者の姿が見えなくなったのを見計らって、わたしのところに近寄って来てこう言いました。
 「黄木先生、わたし決めました」
 「え、何のことですか?」同様のケースが何度かあったので察しはついていましたが、一応尋ねました。
 「今日の黄木先生の話を聞いて、心が決まりました。前から考えていたことを実行に移します。会社を辞めて、自分で納得できる道を歩みます」
 握手を交わしながら、わたしはこう言いました。「自分で正しいと思うことをそのまま実行できることは素晴らしいことだと思います。がんばってください。陰ながら応援しています」
 彼がそれからどんな道を歩んだかは分かりません。あれだけの才能と行動力を持った人ですから、きっとどこかで活躍していることでしょう。
 その日、アイランドタワーを後にするわたしの心はすがすがしい気持ちであふれていました。なぜなら、たった1人でも、わたしが自分の信念から話す言葉に応えてくれる人がいて、その人が自分の人生を変える決意をしてくれたからです。彼は時間管理を「人生管理」まで発展させて真剣に取り組んでくれたのでした。
 わたしたちが心を込めて話す言葉に耳を傾け、周囲の圧力に屈せずに何が大切なのかを真剣に考え、勇気を持って人生を変えることを決意する人がたった1人でも出てきてくださることを願っています。そのような人こそがモリンダのビジョンを実現する原動力になる人だからです。
by ohkimakoto | 2014-11-07 12:25 | 2014年分
2014.10.31
 関東では朝夕のひんやりした空気から急な季節の変化を感じます。新幹線のホームで思わず陽だまりの中に立っている自分に気付きました。ホームから見える里山の木々の緑の中に、柿の実の橙色が鮮やかな彩りを添えています。
 柿の実を見ると思い出すことがあります。わたしが生まれ育った山形の家の裏庭には、枝の先端が屋根よりも少し高い立派な柿の木がありました。品種はヒラタネ。正式には平核無柿(ひらたねなしがき)と呼ばれる庄内柿で、名前が示すように平べったい大きな実には種がありません。色付くと、はしごをかけたり屋根に上ったりして収穫しました。渋柿なので、ヘタの部分を焼酎に浸してから一斗缶に詰めて密封し、渋抜きをします。渋が抜けるまでの数週間が待ち遠しかったのを覚えています。
 小さい頃、この柿の木を見て不思議に思ったことがありました。当時のわたしの目の高さと同じあたりに大きなこぶがあり、その上と下の幹の色合いが違うのです。祖母に聞くと、接ぎ木をしたのだと教えてくれました。もともとはごく普通の渋柿だったのですが、幹の途中で切ってヒラタネの枝を接いだとのことでした。小学生のわたしには感動でした。植物は自分の命を土台にして地中から養分を吸い取り、自分よりももっと優れた品種を育てることができるのです!
 モリンダの歴史を振り返ると、この接ぎ木の概念が垣間見えます。ノニという植物は数千年にわたる時の流れの中で、世代を超えて太平洋の島々の人々の健康を守ってきました。それが、食品科学者であるジョン・ワズワースの手によって接ぎ木がなされ、パワーフルーツという形で文明社会の人々に恵みをもたらす製品に進化しました。さらに、ノニに含まれるイリドイドの発見により、豊かな伝統に科学的な価値が接ぎ木されていきます。そして今、AGEという新たな健康指標が接ぎ木され、そこから130兆円規模の総合産業へと開花しようとしているのです。
 もう1つ。わたしたちモリンダがメッセージを伝えるために選んだネットワークビジネスという流通形態にも、この接ぎ木のたとえが当てはまるのではないでしょうか。モリンダのメッセージが伝わる時はいつも、メッセージの核心は同じですが、伝える人それぞれの体験や想いが積み重なって次の人に受け継がれていきます。そして、枝がいくつにも分かれて広がり、やがては原木をしのぐほどの素晴らしい実をたわわに結ぶのです。
 接ぎ木の良さは、原木のルーツを土台としてしっかりと残しながらも、新たな価値を重ねていく点にあります。原木の根を通して吸い上げられた養分は、接ぎ木された枝全体を大きく成長させます。そこには否定の概念は存在しません。すべて過去からの積み重ねなのです。 
 天からの恵みであるノニを原木として進化を遂げてきたモリンダ。そこにはしっかりと根を張る原木と、その原木の力を信じて接ぎ木され、独自の体験と想いと情熱によって枝を茂らせるIPCのみなさまが存在します。わたしの願いは、みなさまが根から栄養を十分に吸い取りながら、ご自身の可能性を心置きなく解き放っていただくことです。モリンダはそれができる会社です。
by ohkimakoto | 2014-10-31 13:27 | 2014年分
2014.10.24
 10月の年中行事と言えばハロウィン。最近では日本でも知られるようになってきました。以前にも書きましたが、アメリカに住んでいた頃は、10月末のハロウィンが来ると11月末には感謝祭、12月は大学の学期末試験、そしてクリスマスと、大きな行事の連続の中でしなければならないことが多く、時間が矢のように過ぎていった印象がありました。
 しかし、忙しい時期は充実した時期であることも確かです。忙しい中で工夫をしながら、何とか所定の目標を達成する。気付いてみると、今までは考えられなかったようなパワーを発揮していた自分がそこにいる。そんな経験、覚えがありませんか。
 わたしが通ったアメリカの大学には難関のMBA(経営学修士)コースがあります。だいぶ前のことですが、このコースの説明会が東京で開催されるというので参加しました。その会で大学の担当者が語ったことが忘れられません。MBAは2年間のコースですが、彼は特に最初の1年間が死ぬほど厳しい生活になることを説明しました。「毎日クラスが終わっても、夜中の12時近くまで大学に残ります。グループでプロジェクトを行ったり、個人で図書館にこもって調べ物をしたりしなければならないからです。終わって家に帰っても、宿題や翌日の授業の予習がありますから、結局は寝るのは4時頃。みんな死んだような目をして8時からの授業に出てきます」。説明会に来た受験生の顔に不安がよぎります。
 しかし、担当者はこう締めくくりました。「でも安心してください。我が大学のMBAの歴史の中で、卒業できなかった人は1人もいません」
 先週、「品格の3本の柱」の2番目、「より以上のものをめざして生きる」について触れました。自分がめざす目標が何であれ、それを「そもそも、なぜ」と自分自身に問いかけることによりさらに高いレベルに昇華していくことが、達成へのエネルギーになるということでしたね。
 今日はもう1つ提案します。それは、そうした価値ある目標のために「腹をくくる」ことです。MBAコースの説明会に参加した学生たちは担当者の説明を聞いて腹をくくったと思います。「MBAを取るためにはどんなことにでも耐えてみせる!」。既婚者が多かったですから、家族も腹をくくったことでしょう。事実大学では、MBA学生の妻を支える「MBA未亡人」のためのサークルもあったほどです。こうしてそれぞれが「地獄の1年」に飛び込んでいきました。
 先日、第64代横綱の曙さんがモリンダ ビルディングに来てくださったことはお話ししましたね。わたしからの「外国人力士の日本語の流暢さには驚きます。何かコツがあるのですか?」との問いに、彼はこう答えました。「日本語を覚えるのと死ぬのとどっちがいいかと言われたら、日本語を覚えるほうを選びますよね」。彼も腹をくくりました。「生きるために日本語を覚えるのだ」と。
 おかげさまでわたしも手術後1年2ヵ月が経過し、先週は会社から家までの約35kmを走って帰ることができるまでになりました。「世界のために良いことをさせていただく」との高邁な目標のもと、みなさまとともに「腹をくくって」前進したいと思っています。
by ohkimakoto | 2014-10-24 00:00 | 2014年分



モリンダ ジャパン社長 黄木信からのメッセージ
by ohkimakoto
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