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2017.06.23
 モリンダ ユニバーシティーを終えて迎えた今週の月曜日、久しぶりに日中を家で過ごす機会がありました。わたしたち夫婦にとっては大変貴重な1日だったので、その日にしたいことをリストアップしました。そのうちの一つが、ビワの実の採り入れでした。

 我が家はマンションの1階の角部屋で、テラスから続く猫の額ほどの専用庭があります。その庭の別々の場所に、たぶん鳥が種を運んできたのでしょう、2本のビワの木が自然に生えてきて、今では3メートルを超す高さにまで成長しました。今年も黄色い実をたわわにつけたので、鳥につつかれる前に収穫することにしたのです。

 脚立を使いながら枝を手繰り寄せ、実を傷つけないように少しずつ採っていきました。手入れも何もしていませんから小ぶりですし、いわゆる風擦れを起こしている実も多くありましたが、皮をむくととてもいい香りがして上品な甘さです。早速孫たちに食べさせました。「庭の木から採ったんだよ」と言うと目を輝かせて、むいた先から食べていきます。

 今はスーパーに行けば、それこそ季節も産地も関係なく何でもかんたんに手に入る時代です。そういう時代だからこそ孫には、1粒の小さな種が土の中で膨らみ、芽を出して大きな木に成長し、やがては人を幸せにしてくれる甘い実をたわわに実らせるプロセスがあることを知ってもらいたいと思いました。

モリンダ ユニバーシティーでは「育成」という概念の大切さを学びます。モリンダに関わる方々は初めからすべてご自分でできるわけではありません。少しずつ成長して美と健康と経済的自由を達成し、やがては夢を実現されます。「育成」とはIPCのリーダーの方々が、モリンダが提供するリソースを利用しながらご自身が接点を持つお一人おひとりがこのプロセスを着実に進めるように援助していくという考え方で、英語では “farming(農作業)”と呼びます。とてもぴったりな言葉ですね。土を耕し、水や肥料をやり、雑草を取り、害虫を駆除しながら、太陽の光をいっぱいに受けて立派に成長できるように助け、見守るのです。

農作業は大自然が相手の仕事ですから、短期的なテクニックや強制は役に立ちません。正しいと信じることを来る日も来る日もあきらめずに続けなければなりません。そうすればやがて、時節の訪れとともに豊かな実りがもたらされるのです。

まずは、接点を持つすべての方々(これをモリンダでは「ネットワーク」と呼びます)にモリンダという種をお届けしましょう。今この作業は、SNS(ソーシャル ネットワーキング システム)を活用することによって効果的に行うことができます。幸いわたしたちには4つの強力なブランドに分類される科学的に裏付けの取れた製品群があって、その一つひとつが大きな可能性を秘めています。特にテマナ ノニ ブライトニングは、お試しいただいたほとんどの方が良さを感じていただける製品群です。また、20年を超える歴史に裏打ちされた信頼できる会社と潤沢で公平な報酬プランも、モリンダの種の特長です。

この優れた種がみなさまの周りにいらっしゃるお一人おひとりに蒔かれるように、そしてその種を養い育てていただくことによって、受け取ったすべての方々がみなさまの助けを借りてモリンダという農場で夢を実現することができるようにと願っております。

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by ohkimakoto | 2017-06-23 17:00 | 2017年分
2017.6.16

 今、成田空港近くのヒルトン成田でこのメッセージを書いています。火曜日の夜から始まったモリンダ ユニバーシティー。日本と台湾から集まった約180名のリーダーの方々と一緒です。

 木曜日の基礎トレーニングセッションの中で最高マーケティング責任者のケリー・オルセンがこう語りました。「タヒチアンノニジュースを初めて人に紹介しようとした時のことを思い出してください。恐ろしい、恥ずかしい、自分にはできないと思いませんでしたか? でも、その恐れや恥ずかしさに打ち勝って行動に移した時にどんな気持ちがしましたか?」

 また、こう問いかけました。「銀行口座に初めてのファストスタートボーナスが振り込まれているのを見つけた時、どんな気持ちがしましたか?」。そしてこう強調しています。「その気持ちをいつも思い出し、大切にしてください。そして、ご自身のネットワークに属するすべての方々が同じ経験をすることができるようにお手伝いをしていただきたいと思います。なぜなら、その時こそ新たな自分を見つける時だからです。そしてそこから、どなたも願う『経済的自由』への道がスタートするのです」。これまでの20余年、たくさんの方々がモリンダを通してこの体験をしてこられました。そして、大切な方々一人ひとりが同じことを体験できるように努力を重ねてきてくださっています。

 モリンダが大切にしている目的の一つは、すべての方にモリンダを通じてこの「経済的自由」を実現していただくことです。これほどパワフルなメッセージはありません。ごく少数の方だけではありません。すべての方に達成していただくのです。

そのための第一歩として、「経済的自由」という言葉の意味を正しく理解していただかなければなりません。なぜなら、一時的に多額の金額を得ることが「経済的自由」につながると考えがちだからです。モリンダの考えは違います。

モリンダユニバーシティーでは参加者お一人おひとりに、モリンダからの現在の月間収入額と毎月の生活費の差額を「経済的自由」達成のための目標額として特定していただき、それを実現するための方法を学んでいただきます。住宅ローンや家賃、光熱費、教育費、食費、衣料費、税金など、家族数や生活スタイルによって異なりますが、生活を維持していくには、それを賄うだけの生活費が必要ですよね。モリンダが目指すのは、すべてのIPCの方々に、その費用をモリンダからもたらされる受動的収入(権利収入)で賄っていただくことです。

わたしたちがこのことを正面から主張できるのは、モリンダにはタヒチアンノニジュースを始めとする伝統と科学に裏打ちされた、あらゆる世代の方々に健康で輝かしい生活をもたらす魅力的な製品が4つのブランドのもとにそろっていて、しかもその流通のチャネルをさらにオンラインへと拡大しようとしているからです。まさにネットワークを超えたスーパーネットワークの世界です。

モリンダはこのように、最新の科学技術への再投資を繰り返しながら、大切なファミリーであるIPCの方々のための受動的収入の機会をさらに増やそうとしています。モリンダで「経済的自由」を達成し、その後の「好きなことを、好きな時に、好きな人とともにできる生活」につなげる方がさらに増えることを願っています。


by ohkimakoto | 2017-06-16 17:00 | 2017年分
2017.06.09
 ある友人に送っていただいたピンクのアジサイ「ミセスクミコ」が、今年も我が家の庭で元気に花を咲かせています。ミセスクミコは特別な品種で、地植えをしても花の色が変わりません。

 残念なことですが、その友人はもうこの世にはいません。数ヵ月前、不慮の事故で亡くなりました。亡くなる前の黄木 信 講演会に出席してくださったこの方は、こう言ってわたしを心配してくださいました。「黄木社長、大丈夫ですか。無理をしないでくださいよ。わたし、社長のことをとても心配しているんです」。わたしのことを心にかけてくださったその言葉が最後の言葉になろうとは、夢にも思いませんでした。

 でも、わたしは信じています。「想い」は不滅であることを。この方のモリンダを、そして社長であるわたしを気遣ってくださる想いは、天の上でますます大きな力となって事あるごとにわたしたちを温かく見守り、正しい道へと導いてくださるに違いありません。

  さて、新たにトリプル ダイヤモンドパールを達成し、さらにブラックパールボーナスも取得された野口 智子さんの祝賀会が、月曜日、ハイアット リージェンシー 東京で開かれました。わたしも妻と共に臨席し、喜びの輪に加わらせていただきました。ご存じの方も多いと思いますが、歯科医のお嬢さまとして育ち、結婚後はお子さまの教育に専心してこられた野口さんにとって、モリンダは初めてのネットワークビジネスでした。最初はお子さまの健康のためにとの想いだけで始めたそうですが、ご主人と一緒に取り組んでいた会社の経営不振も重なって、モリンダの可能性にかけてみようとの気持ちが次第に高まっていったそうです。

 そんな野口さんの背中を押してくれたのが、ラスベガスで開かれたインターナショナル リーダーシップ カンファレンス (ILC)への参加でした。経済的に苦しい状況でしたが、今の自分にとって必要なものが何か得られるに違いないと信じた野口さん。生命保険を解約して旅費を捻出し、ラスベガスに向かいました。会場で繰り広げられる製品やシステムのプレゼンテーション、そして壮大なモリンダ のビジョン、ファウンダーの温かな想い。涙が止まらず、初めから終わりまでずっと泣き通しだったそうです。果たしてラスベガスのこの野口さんに、今週月曜日のブラックパールとしての晴れの姿は想像できたでしょうか。ご家族を始め周囲の人々にはどうだったでしょうか。

 最高マーケティング責任者のケリー・オルセンはわたしたちに、「あなたのビジョンはどのくらい大きいですか?」とよく尋ねます。わたしはこれまでのモリンダとの関わりの中から、「モリンダはそのような質問をする資格のある会社です」と自信をもって申し上げることができます。なぜなら、野口さんと同じように、素晴らしいご家族とお仲間に囲まれながら、想像をはるかに超えたレベルで「元気で、美しく、豊かな」モリンダライフを実現しておられる方々をたくさん目にしてきたからです。

 モリンダの20余年の歴史は、そのことを証明する歴史でもあったと言えます。わたしたちの周りには健康と経済、そして志を同じくする気心の知れたお仲間との充実したモリンダライフを体験しておられる方が大勢いらっしゃいます。その輪は世界に広がっています。また、わたしたちの製品の原料となるノニを提供してくださるタヒチの方々の生活も、モリンダを通して豊かになっています。彼らもまた、このような生活が来るとは想像できなかったことでしょう。

  これから3年後、5年後、10年後、20年後、みなさまはどうしていらっしゃるでしょう? みなさまのビジョンはどのくらい大きいですか?
by ohkimakoto | 2017-06-09 17:00 | 2017年分
2017.06.02
 四季の移ろいにみずからの人生を重ねながら、自然との融和の中で心の豊かさを育んできた日本人。中でも最も短い表現形式である俳句に織り込まれた季語は、自然へのキーワードのような気がします。さしずめ今の季節を代表する季語は「青もみじ」。季語として正式に含まれているわけではありませんが、秋に茜色に染まるもみじが初夏の日差しをいっぱいに受けて透き通るような緑の葉を広げるさまは、生命の力強い営みを感じさせます。いい季節になりましたね。

 今週の月曜日、とても楽しみにしていた集まりがありました。31年前からの6年間、末の娘がお世話になった保育園の評議会です。このたび、この保育園の理事会により評議員への推薦を受け、謹んでお受けすることにしました。

町田市南部にあるこの保育園は定員110名の施設で、創立46年。創設者である初代理事長が青山学院女子短期大学児童教育学科の教授ということもあって、しっかりした保育理論に基づいた運営が行われてきました。初代理事長が他界した現在、理事長職は娘が在籍中に担任としてお世話をいただいた方が行っています。娘が卒園してから保育園に足を運ぶことはなくなりましたから、25年ぶりの再会でしたが、保育に対する情熱は当時のままで、昔の話に花が咲きました。

わたしたちにとって保育園との出逢いがあったのはすぐ上の子が9歳の時でしたから、それまでの4人の子育てと比較すると経済的にも気持ち的にも多少の余裕がありました。もっと言えば、「子育て再チャレンジ」のような想いだったと記憶しています。ですから、幼児教育の専門家である理事長やその考えを実践しようとしておられる先生方からは積極的に多くを学ぶことができました。毎月理事長や他の専門家を講師として開催していた育児講座には欠かさず出席していましたし、先生方と親とのコミュニケーションの手段である毎日の連絡帳もほとんどわたしが書き、日々の生活から得られる子育てについての学びを共有していました。連絡帳は6年間で25冊にもなり、今でも大切に保管してあります。

6年間の保育園との交流の中でわたしが最も影響を受けたのは、自然との触れ合いにより感性を育むという考え方でした。別に大げさなことではなく、道端のタンポポの綿毛を吹いて飛ばしながら「こうやるとタンポポさんの仲間が増えるお手伝いができるんだよ」と教えてあげたり、珍しく雪が積もった日などは、誰も踏んでいないところを一緒に歩いてザクザクという雪の感触を楽しんだり、夕焼けを見ながら「明日もいい天気になるね」と言ったりします。こうした経験が果たして娘の成長にどんな影響を与えたかは定かではありませんが、娘が自分の2人の子どもにも同じようなことをしているところを見ると、少しは役立ったのかなと思っています。

ノニが数千年の時を経て現代まで語り伝えられてきたのも、もしかしたら親子のこうした自然との触れ合いからではなかったかと想像します。そこにはわが子の健やかな成長を願う親の愛があったことでしょう。

このたび評議員という立場ではありますが、再び子育ての現場を見る機会があたえられたことをとてもうれしく思っています。これまで学び経験してきたことを少しでも社会のためにお役に立てればと願っています。モリンダ も子育ても原則は同じなのですから。
by ohkimakoto | 2017-06-02 17:45 | 2017年分
2017.05.26
 真夏を思わせるような日差しもようやく落ち着き、本来の気温に戻ってきました。木々の緑に躍動を感じる季節です。お元気でしょうか。

 いよいよテマナ ノニ ブライトニングの正式販売が始まりました。モリンダの20数年にわたるノニの研究から生み出され、日本香粧品学会から抗シワ認定※を受けた画期的なパーソナルケア製品。実際に使用した方々の驚きが日本だけにとどまらず世界中から寄せられています。でも、テマナを広めていただく最大の武器はご自身の体験ですよね。「自分が変わり、人が変わり、世界が変わる」の順番で行きましょう。そうすれば、他の方々の体験談も効果的にお使いいただくことができます。

 また、ウェブサイトにおけるビジネスツールであるオフィスプロにご登録いただいた方の数ですが、4月中旬の各セールスオフィスでのトレーニングを機に過去最高を更新中との報告を受けました。テマナの正式発売と同様、このこともとてもうれしく思います。オフィスプロには現在の、そして今後のみなさまのモリンダ活動を飛躍的に向上させるさまざまなツールが組み込まれているからです。リスト作り、入力とサンプルの送付、フォローアップ、購入のおすすめなど、今まで苦労して、時間をかけてやってきたことがシステムの力を借りて驚くほど効率的にできることを知った時の感動をぜひ味わっていただきたいです。苦手な方もいらっしゃるとは思いますが、まずは使ってみましょう。少しずつで大丈夫です。スタッフはもちろんグループやご家族の助けを借りるのもいいですね。オフィスプロを通してモリンダ活動の「はずみ車」が次第に回り始めるのをぜひ実感していただければ幸いです。

 さて、以前「7つの習慣」の講師をしていた時によく次のようなご意見をいただきました。「『7つの習慣』で述べられている原則ってごく当たり前のこと、言ってみれば常識ですよね」精神文化を大切にする日本人にはこう感じる人が多いようです。これに対して著者であるスティーブン・R・コヴィー博士はこう答えています。「『7つの習慣』は常識の集大成です。でも、常識はなかなか実践されないのです」口では立派なことは言えても、それを実践している人は少ないということでしょうか。

 1998年の出逢い以来、わたしはいろいろな角度からモリンダを見てきました。初めは通訳兼コンサルタントとして、またタヒチアンノニ ジュースの愛用者として、そして10年前からは日本市場の責任者として。そして、創業以来20年を超えて今もなお社会への貢献を拡大しつつあるこの企業の強さが、コヴィー博士が言う「常識の実践」にあることをひしひしと感じるのです。 

 昨年8月、モリンダが同志社大学大学院生命医科学研究科糖化ストレス研究センターとの連携でタヒチアンノニ カフェを通じて提供したAGEレスメニューが、日本経済新聞に取り上げられました。ネットワークビジネス企業の名称や業績が日本経済新聞に掲載されるのは異例なことです。

これこそが、モリンダがこれまでの20余年、常識を公言するだけではなく地道に実践を重ねてきたことを示す実例です。モリンダにとっての常識とは、「伝統と科学を重んじ人を大切にすること」です。この常識の実践がモリンダの文化となり、モリンダをネットワークビジネス業界でも特異な存在としてきたのです。わたしたちはこれまでどおりこれからも、事実に対して謙虚であり、人に対して誠実であり続けたいと思います。なぜならモリンダは、創業時にケアリー・エイシーがいみじくも述べたように、「憔悴し切ったネットワーカーにとって安息の場」となるべく運命づけられた企業だからです。 

※ノニ ブライトニング セラムのみ。効能評価試験済み。乾燥による小ジワを目立たなくする効果があります。
by ohkimakoto | 2017-05-26 17:03 | 2017年分
2017.05.19
 歴史と文化と自然がいっぱいに詰まったブダペストからニュルンベルグまでのリバークルーズの旅も今日が最終日。ご参加いただいているリーダーの方々の感動の体験がもうすでにみなさまのもとにも伝えられていることと思います。

 今回のクルーズには、モリンダ ホールディングス インク CEO(最高経営責任者)でありモリンダ インク社長のケアリー・エイシー夫妻が参加しました。エイシーCEOはオープニングのミーティングで第2次世界大戦時のドイツの大型不沈戦艦ビスマルクの逸話を引用しました。ビスマルクはドイツの科学力や知識の集大成として1940年8月に任務に就いた無敵戦艦でした。それが、翌1941年5月27日に沈没します。ドイツ海軍にとっては大きな衝撃でした。

 エイシーCEOはこの史実を紹介しながら、沈没の原因となった出来事をこう語りました。

「イギリスの第二小隊指揮官機が放った魚雷がビスマルクの舵の付近に命中したのです。操舵不能の状態に陥ったビスマルクは、その場で旋回運動を続けるだけで、思った方向に進むことができなくなりました。それまでどんな攻撃をも跳ね返してきたビスマルクも、舵を失うことによって次第に魚雷や大砲の攻撃をまともに受けるようになり、戦闘開始後約2時間が経過した10時39分、ついに沈没しました。

 この歴史的事実から学ぶことができるのは、舵、すなわち進むべき方向を明確に定めるものの存在の重要性です。例え ビスマルクのような戦艦でも、舵が破損したら持てる力を発揮することはできないのです。その舵が、モリンダにはあることをうれしく思います」

 想いを込めてそう語るケアリー・エイシーの話を聞きながら、1998年に初めて彼の話を通訳した時のことを思い出しました。「あの時のケアリー・エイシーが今、再びここに立った!」

あの時から20余年、モリンダは強力な舵によって正しい航路を進んできました。その舵とは、「伝統」と「科学」を重んじ「人」を大切にする企業文化を基に、万人が求める「健康」と「見た目の良さ」と「経済的自由」の実現に誠実に寄与しようとする志です。ケアリー・エイシーの言葉を通してその志が再び語られたのです。

月曜日にデュルンシュタインという人口わずか900人あまりの小さな村を訪れました。丘の上に建つクエリンガー城には800年以上前の十字軍の時代のロマンが逸話として語り継がれています。十字軍の遠征からの帰路、冬の間は荒れて危険なジブラルタル海峡を避けて陸路を取らなければならなかったイギリスのリチャード1世が、敵対関係にあったオーストリア公レオポルド5世に捕らえられ、クエリンガー城に幽閉されます。その囚われの王を奇跡的に発見したのが王の家臣であった騎士のブロンデルでした。王を探すために吟遊詩人に身をやつしたブロンデルは、デュルンシュタインの村で王が好きだった歌の第1節を歌います。すると城の中から第2節を歌う王の声が聞こえてきたのです。

22日はいよいよテマナ ノニ ブライトニングの正式販売開始です。わたしもモリンダの舵を取るケアリー・エイシーやケリー・オルセンとともに、そして同じ志を持つIPCのみなさまと力を合わせながら同じ歌を口ずさみ、輝かしい未来に目を向けたいと願っています。そして、このモリンダ号をこれからも決して脇にそれることなくまっすぐに前進させるために、誠実に、自分にできることをすべて行いたいと思っています。世界中にモリンダ旋風が起こるのを今から楽しみにしています。
by ohkimakoto | 2017-05-19 17:00 | 2017年分
2017.05.12
 みなさまにこのメッセージをお届けするのは、日本からのたくさんのIPCの方々とともにハンガリーの首都ブダペストの町を散策している頃でしょうか。ドナウ川の西岸のブダとオーブダ、東岸のペストが合併して、現在では欧州連合8番目の都市にまで成長しました。ここが今回のディスカバー ザ ワールド クルーズの起点になります。これからの1週間の船旅がとても楽しみです。

 1998年11月のモリンダとの出逢いから18年半の歳月が流れました。その間、最初は通訳として、10年前からは日本市場の責任者としてモリンダが提供する報奨旅行に参加し、世界中のいろいろな場所を訪れる機会を得てきました。最初はハワイの4島を毎年順に巡る旅でした。その後、バハマのアトランティス リゾートやカリブ海のクルーズ、モナコ、スイス、ローマ、そして再びモナコと、拡大するモリンダのビジョンを世界中から集まったリーダーの方々と毎年共有するエキゾチックな旅の機会を得て、モリンダへの確信がますます高まっています。来年はイタリアとギリシャを巡る2週間の地中海クルーズです。できるだけたくさんのみなさまをご招待できるように、招待の基準となるモリンダライフ ポイントを1年間の施行期間を経て今年から改定させていただきました。来年は日本からもっともっと多くの方々をお招きできたらうれしく思います。

 モリンダの旅のハイライトはやはり、ノニの故郷であるタヒチ(フレンチポリネシア)への旅です。わたしたちの願いは、モリンダ ファミリーに属する方であれば一度は必ずタヒチを訪れていただき、ノニを受け継いできた文化や人々、そしてノニを育んできた豊かな自然にじかに触れていただくことです。ノニの実を実際に採取し、その実が最新の設備を誇る工場でピューレに加工される過程を見学しながら、モリンダが伝統と科学を重んじ、ノニという植物にかけては世界をリードする知識と経験と設備を誇る企業であることを体験していただきたいと願っています。

 モリンダとタヒチの関係は特別です。今では、モリンダのノニ産業はタヒチ経済の柱の一つとなっています。中でもわたしが注目しているのは、子どもたちへの教育の機会が拡大したことです。モリンダのために働くタヒチの家族の中から高等教育を受ける子どもたちが増えて、やがてはタヒチの国と民族を支える力となることでしょう。カリブ海のクルーズの時にお会いしたタヒチの運輸大臣の方のことを思い出します。貧しい家族に生まれた彼は高等教育を受ける余裕がありませんでした。でも、一人の日本人の経済的援助のおかげで大学を卒業し、政府のために働く機会を得ることができたとのことです。モリンダは企業として、この日本人と同じ貢献をタヒチの人々のために続けてきました。この取り組みはこれからも続くことでしょう。このような期待と夢を与えてくれる企業のためにIPCのみなさまと一緒に力を尽くせることを幸せに感じています。

 「健康」と「見た目の良さ」と「経済的自由」を実現するというモリンダのビジョンは、ノニをキーワードにしながら人種や文化や地域を超えて世界中に拡大していきます。世界中のIPCの方々が集まるディスカバー ザ ワールド クルーズやタヒチへの報奨旅行は、そうしたモリンダの姿を体験できる絶好の場を提供してくれるはずです。一人でも多くの方々がこの機会を通して、モリンダへのビジョンをさらに大きなものにしていただくことを願っています。
by ohkimakoto | 2017-05-12 17:00 | 2017年分
2017.05.05
 今日は子どもの日です。大型連休もあと2日ですね。今年は全体を通じてお天気にも恵まれた地域が多かったので、きっと有意義な時間を過ごされたのではないでしょうか。いよいよ5月。ノニ種子エキスを配合したテマナ ノニ ブライトニングの正式発売が22日に始まります。楽しみですね。

 さて、連休中に書類を整理していて、モリンダ初期からのトップリーダーの一人で昨年亡くなったフロイド・ホールドマンのスピーチ原稿が見つかりました。日本のIPCのために自分のスピーチの日本語版CDを作りたいということでわたしに翻訳の見積もりを依頼してこられたのです。残念ながら実現はしなかったのですが、今、読んでみても、彼のモリンダへの感動と確信が伝わってきます。

 その一部でフロイドは、モリンダの価値をタッチストーンに例えています。タッチストーンは普通「試金石」と訳しますが、ここでは「触れるとどんな物でも黄金に変えてしまう石」の意味です。

 物語は古代エジプトの学問の中心であったアレキサンドリアに始まります。アレキサンドリアには当時最大の規模を誇る図書館があったのですが、火事で蔵書のほとんどが失われました。ところが、焼け残った書物のページの間から1枚の紙切れが見つかります。そこに書かれていたのがタッチストーンの物語とその在りかを示す地図でした。紙切れを見つけた男は早速、地図に書いてあった黒海の海岸を目指します。

 到着すると、しなければならないことがもう一つありました。海岸に無数にある石の中からタッチストーンを見つけることです。紙切れには、持ってみて熱ければ、それがタッチストーンだと書いてありました。しかし、拾っても拾っても冷たい石ばかり。男は拾うたびに石を黒海に投げ捨てました。1日が過ぎ、1週間が過ぎ、1ヵ月が過ぎ、1年が過ぎても冷たい石ばかりです。でも男は拾い続けました。2年、4年、5年、そして10年、15年、20年が過ぎても、冷たい石ばかり。男は石を黒海に捨て続けました。でも、決してあきらめませんでした。

そして21年を過ぎたある日のこと、男はとうとう熱い石を手にしました! ところがあろうことか、男はその石を黒海に投げ捨ててしまったのです。なぜでしょうか。それは21年間、一日も欠かさず何度も何度も拾った石を黒海に投げ捨てていたために、それが習慣となって思わず海に放ってしまったのでした。

 19年前、わたしもこの物語に登場する男と同じ立場に立たされました。モリンダというタッチストーンを手にしながら、それをまさに海に投げ捨てようとしたのです。理由は、ネットワークビジネスへの度重なる負のイメージでした。それまで複数の外資系ネットワークビジネス会社での通訳業務で経験したのは、製品の成分やストーリーに関する人間性を疑わせるようなごまかしの連続でした。ですから、通訳を依頼してきたモリンダという会社がネットワークビジネスであると知って、反射的に断ったのです。しかし幸いなことに、わたしは1回だけという約束で引き受けました。それは、かねてから尊敬していたブライアント・ワズワースが日本の責任者になると聞いたからです。ブライアントのおかげで、タッチストーンを海に投げ捨てることを辛うじてとどまったのでした。

 伝統と科学を重んじ人を大切にするモリンダは確かに、健康と見た目の良さと経済的自由をもたらすタッチストーンでした。以来18年、初期の志を曲げることなく愚直なまでに誠実に業務に取り組むことにより、世界中のあらゆる人々にとってタッチストーンであり続けるモリンダに感謝しています。
by ohkimakoto | 2017-05-05 17:00 | 2017年分
2017.04.28
 大型連休直前の金曜日をいかがお過ごしでしょうか。ちょうど今日はプレミアムフライデーですから、いつもとは違った時間の過ごし方を楽しんでいる方もおられるのではないでしょうか。新緑を背景に今を盛りと彩りを添えるツツジやハナミズキに心も弾みます。

 さて、最近のことですが、九州にお住まいのあるIPCの方から思いがけないプレゼントをいただきました。下駄作りの職人だったお父さまが最近亡くなられたのですが、そのお父さまが作り置きされたお品の中からわたしたち夫婦のために見繕ってくださったのです。恐縮するとともに、下駄を履いていた頃のことが思い出されて、懐かしい気持ちになりました。

 今では普段の生活の中で、和服を着る機会がない限り下駄を履くことはなくなりました。しかし昔は、下駄は日常の履物でした。子どもの頃、野山を駆け回るのも、野球に興じるのも下駄履きでした。時々鼻緒が切れて、布を裂いて紐を作り、すげ替えたものです。この下駄履きの習慣はかなり続いたと記憶しています。大学受験のために1年間通った地元の予備校の床が板張りで、事務のおじさんから「おーい、下駄やめろー」と注意されていた学生が何人もいましたから。

 子どもの頃の憧れは「デカンショ」と呼ばれる高下駄を履くことでした。デカンショという名の由来は諸説ありますが、兵庫県篠山市に古くから伝わる民謡であるデカンショ節を全国の学生が哲学者のデカルト、カント、ショーペンハウエルと掛けて歌うようになり、やがてその学生が履いていた高下駄のことをデカンショと呼ぶようになったというのが有力なようです。わたしの場合は小学校の高学年から履き始めたと記憶しています。なかなか慣れずに足首をひねることが何度もありました。でも、気分は最高でした。背が急に伸び始めた時でもあり、それに加えてデカンショを履くのですから、見える風景は別世界でした。

 「下駄を履かせる」という慣用句があるのをご存じですか。下駄の文化が衰退していく中でこの言葉もあまり理解されなくなってきているかもしれませんが、「数量や成績を水増しして良く見せる」という意味です。あまりいい脈絡では使われない言葉ですね。でも、まさに発展途上であった当時のわたしにとって、デカンショはいい意味でのステップアップのシンボルでした。

 その後の人生の中で、わたしは何度もデカンショを履く機会を得てきました。もちろん実際に履いたわけではありません。自分の能力や技量を超えたことにチャレンジする機会を与えられてきたということです。思い起こしてみるとどの時も、初めはデカンショを履いた時と同じように、道の窪みに足を取られて転んだり、バランスを崩して足をひねったり、はたまた歯の間に石が挟まって思うように歩けなかったりと、これで本当にやって行けるのだろうかと悩んだものです。しかし不思議なもので、時間が経つにつれて慣れてきて、デカンショが似合うようになってきました。決してデカンショが履きやすいものに変わったわけではありません。デカンショを履くわたしの能力や技量が、履き続けることによって少しずつ増していったのです。

 わたしはこれからも数々の新しいデカンショにチャレンジしたいと思っています。それがどんなデカンショであれ、履けば新しい世界が見えてきて、やがてはその世界が自分のものになるのですから。デカンショ、ご一緒にいかがですか。
by ohkimakoto | 2017-04-28 17:00 | 2017年分
2017.04.21
 東京を皮切りに日本全国を縦断した桜前線もいよいよ東北から北海道に移ろうとしています。芽吹きの季節ですね。お元気でお過ごしでしょうか。

 今週は、山形に住む母の白寿の祝いで帰省しました。東北道を北上しながらあたりの風景に目をやると、山々が萌黄色に染まり始めているのがよく分かります。夏とは明らかに異なる薄緑色の、ところどころに桜色が入り混じる風景からは、季節の移り変わりを敏感に感じ取る木々の営みが見て取れます。山形はちょうど桜が満開でした。実家の裏手の川沿いの道は桜並木で、道の両側から横に伸びた枝が空を覆う様子は、文字通り桜のトンネルでした。

 さて、わたしがモリンダ ジャパンの舵取りを正式に拝命してから今月15日でちょうど10年の歳月が流れたことになります。通訳で顔なじみになってはいたものの、ネットワークビジネスの経験がまったくない人物の、しかも日本人の登用に不安を抱かれた方も多かったのではないかと想像しております。

そのような中で大きな支えとなったのは、みなさまのモリンダに対する確信と情熱でした。なぜなら、わたしも同じ確信と情熱を抱きながら、すべてを後に残してモリンダに加わることを決意したからです。正直申し上げて、初めの頃は解決しなければならない課題も多々ありました。でも、励ましてくださったのはIPCのリーダーのみなさまでした。「わたしたちも力を合わせてがんばりますから、一緒にがんばりましょう」との力強い言葉に、同じ日本人であるわたしを支えようとのみなさまの温かいお心が痛いほど伝わってきました。

あれから10年。おかげさまで現在もわたしはこうしてみなさまとともに最前線でモリンダのために働かせていただいております。至らないことは多々ありますが、モリンダへの確信と情熱は変わらないどころか増すばかりです。これからの生涯、体力が続く限り全力で、モリンダの素晴らしさをたくさんの方々にお伝えしていきたいと思っています。わたしにとって、また妻にとっても、それがわたしたちの最大の幸せであると感じているからです。

わたしの心は今、これまでのモリンダへの感謝の想いで満たされています。まずは、ノニを天からの贈り物と信じて、大切な人々の幸せのために数千年にわたって受け継いできてくれた南太平洋の人々。また、そのノニを製品化して世界中の人々の幸せのために届けようと事業化に着手したモリンダの創設者たち。そして、これまでの20年間のモリンダの成長を陰で忠実に支え続けてくれた多くのスタッフ。

しかし最大の感謝は、敬愛するみなさまお一人おひとりへの感謝です。モリンダへの確信と情熱を胸に製品を愛用し、日々モリンダの素晴らしさを伝えてくださるみなさまがいらっしゃらなかったら、今のモリンダは存在しなかったことでしょう。それはこれからも同じです。今のモリンダがあるのはこうしたすべての方々の貢献があったからです。決してたった一人の人の業績ではありませんし、誰一人欠けてもモリンダは存在しないのです。わたしもスタッフの一人としてこの偉大な事業に参画できていることを栄誉に思っています。

モリンダはこうした方々への感謝の想いをしっかりと心に刻みながら、万人の課題である「健康」と「見た目の良さ」と「経済的自由」へのさらなる優れた解決策を求めて進化の道を歩んでいきます。そして、感謝からスタートするこの姿勢が、モリンダの価値を高めると確信しています。
by ohkimakoto | 2017-04-21 17:00 | 2017年分



モリンダ ジャパン社長 黄木信からのメッセージ
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