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2017.05.12
 みなさまにこのメッセージをお届けするのは、日本からのたくさんのIPCの方々とともにハンガリーの首都ブダペストの町を散策している頃でしょうか。ドナウ川の西岸のブダとオーブダ、東岸のペストが合併して、現在では欧州連合8番目の都市にまで成長しました。ここが今回のディスカバー ザ ワールド クルーズの起点になります。これからの1週間の船旅がとても楽しみです。

 1998年11月のモリンダとの出逢いから18年半の歳月が流れました。その間、最初は通訳として、10年前からは日本市場の責任者としてモリンダが提供する報奨旅行に参加し、世界中のいろいろな場所を訪れる機会を得てきました。最初はハワイの4島を毎年順に巡る旅でした。その後、バハマのアトランティス リゾートやカリブ海のクルーズ、モナコ、スイス、ローマ、そして再びモナコと、拡大するモリンダのビジョンを世界中から集まったリーダーの方々と毎年共有するエキゾチックな旅の機会を得て、モリンダへの確信がますます高まっています。来年はイタリアとギリシャを巡る2週間の地中海クルーズです。できるだけたくさんのみなさまをご招待できるように、招待の基準となるモリンダライフ ポイントを1年間の施行期間を経て今年から改定させていただきました。来年は日本からもっともっと多くの方々をお招きできたらうれしく思います。

 モリンダの旅のハイライトはやはり、ノニの故郷であるタヒチ(フレンチポリネシア)への旅です。わたしたちの願いは、モリンダ ファミリーに属する方であれば一度は必ずタヒチを訪れていただき、ノニを受け継いできた文化や人々、そしてノニを育んできた豊かな自然にじかに触れていただくことです。ノニの実を実際に採取し、その実が最新の設備を誇る工場でピューレに加工される過程を見学しながら、モリンダが伝統と科学を重んじ、ノニという植物にかけては世界をリードする知識と経験と設備を誇る企業であることを体験していただきたいと願っています。

 モリンダとタヒチの関係は特別です。今では、モリンダのノニ産業はタヒチ経済の柱の一つとなっています。中でもわたしが注目しているのは、子どもたちへの教育の機会が拡大したことです。モリンダのために働くタヒチの家族の中から高等教育を受ける子どもたちが増えて、やがてはタヒチの国と民族を支える力となることでしょう。カリブ海のクルーズの時にお会いしたタヒチの運輸大臣の方のことを思い出します。貧しい家族に生まれた彼は高等教育を受ける余裕がありませんでした。でも、一人の日本人の経済的援助のおかげで大学を卒業し、政府のために働く機会を得ることができたとのことです。モリンダは企業として、この日本人と同じ貢献をタヒチの人々のために続けてきました。この取り組みはこれからも続くことでしょう。このような期待と夢を与えてくれる企業のためにIPCのみなさまと一緒に力を尽くせることを幸せに感じています。

 「健康」と「見た目の良さ」と「経済的自由」を実現するというモリンダのビジョンは、ノニをキーワードにしながら人種や文化や地域を超えて世界中に拡大していきます。世界中のIPCの方々が集まるディスカバー ザ ワールド クルーズやタヒチへの報奨旅行は、そうしたモリンダの姿を体験できる絶好の場を提供してくれるはずです。一人でも多くの方々がこの機会を通して、モリンダへのビジョンをさらに大きなものにしていただくことを願っています。
by ohkimakoto | 2017-05-12 17:00 | 2017年分
2017.05.05
 今日は子どもの日です。大型連休もあと2日ですね。今年は全体を通じてお天気にも恵まれた地域が多かったので、きっと有意義な時間を過ごされたのではないでしょうか。いよいよ5月。ノニ種子エキスを配合したテマナ ノニ ブライトニングの正式発売が22日に始まります。楽しみですね。

 さて、連休中に書類を整理していて、モリンダ初期からのトップリーダーの一人で昨年亡くなったフロイド・ホールドマンのスピーチ原稿が見つかりました。日本のIPCのために自分のスピーチの日本語版CDを作りたいということでわたしに翻訳の見積もりを依頼してこられたのです。残念ながら実現はしなかったのですが、今、読んでみても、彼のモリンダへの感動と確信が伝わってきます。

 その一部でフロイドは、モリンダの価値をタッチストーンに例えています。タッチストーンは普通「試金石」と訳しますが、ここでは「触れるとどんな物でも黄金に変えてしまう石」の意味です。

 物語は古代エジプトの学問の中心であったアレキサンドリアに始まります。アレキサンドリアには当時最大の規模を誇る図書館があったのですが、火事で蔵書のほとんどが失われました。ところが、焼け残った書物のページの間から1枚の紙切れが見つかります。そこに書かれていたのがタッチストーンの物語とその在りかを示す地図でした。紙切れを見つけた男は早速、地図に書いてあった黒海の海岸を目指します。

 到着すると、しなければならないことがもう一つありました。海岸に無数にある石の中からタッチストーンを見つけることです。紙切れには、持ってみて熱ければ、それがタッチストーンだと書いてありました。しかし、拾っても拾っても冷たい石ばかり。男は拾うたびに石を黒海に投げ捨てました。1日が過ぎ、1週間が過ぎ、1ヵ月が過ぎ、1年が過ぎても冷たい石ばかりです。でも男は拾い続けました。2年、4年、5年、そして10年、15年、20年が過ぎても、冷たい石ばかり。男は石を黒海に捨て続けました。でも、決してあきらめませんでした。

そして21年を過ぎたある日のこと、男はとうとう熱い石を手にしました! ところがあろうことか、男はその石を黒海に投げ捨ててしまったのです。なぜでしょうか。それは21年間、一日も欠かさず何度も何度も拾った石を黒海に投げ捨てていたために、それが習慣となって思わず海に放ってしまったのでした。

 19年前、わたしもこの物語に登場する男と同じ立場に立たされました。モリンダというタッチストーンを手にしながら、それをまさに海に投げ捨てようとしたのです。理由は、ネットワークビジネスへの度重なる負のイメージでした。それまで複数の外資系ネットワークビジネス会社での通訳業務で経験したのは、製品の成分やストーリーに関する人間性を疑わせるようなごまかしの連続でした。ですから、通訳を依頼してきたモリンダという会社がネットワークビジネスであると知って、反射的に断ったのです。しかし幸いなことに、わたしは1回だけという約束で引き受けました。それは、かねてから尊敬していたブライアント・ワズワースが日本の責任者になると聞いたからです。ブライアントのおかげで、タッチストーンを海に投げ捨てることを辛うじてとどまったのでした。

 伝統と科学を重んじ人を大切にするモリンダは確かに、健康と見た目の良さと経済的自由をもたらすタッチストーンでした。以来18年、初期の志を曲げることなく愚直なまでに誠実に業務に取り組むことにより、世界中のあらゆる人々にとってタッチストーンであり続けるモリンダに感謝しています。
by ohkimakoto | 2017-05-05 17:00 | 2017年分
2017.04.28
 大型連休直前の金曜日をいかがお過ごしでしょうか。ちょうど今日はプレミアムフライデーですから、いつもとは違った時間の過ごし方を楽しんでいる方もおられるのではないでしょうか。新緑を背景に今を盛りと彩りを添えるツツジやハナミズキに心も弾みます。

 さて、最近のことですが、九州にお住まいのあるIPCの方から思いがけないプレゼントをいただきました。下駄作りの職人だったお父さまが最近亡くなられたのですが、そのお父さまが作り置きされたお品の中からわたしたち夫婦のために見繕ってくださったのです。恐縮するとともに、下駄を履いていた頃のことが思い出されて、懐かしい気持ちになりました。

 今では普段の生活の中で、和服を着る機会がない限り下駄を履くことはなくなりました。しかし昔は、下駄は日常の履物でした。子どもの頃、野山を駆け回るのも、野球に興じるのも下駄履きでした。時々鼻緒が切れて、布を裂いて紐を作り、すげ替えたものです。この下駄履きの習慣はかなり続いたと記憶しています。大学受験のために1年間通った地元の予備校の床が板張りで、事務のおじさんから「おーい、下駄やめろー」と注意されていた学生が何人もいましたから。

 子どもの頃の憧れは「デカンショ」と呼ばれる高下駄を履くことでした。デカンショという名の由来は諸説ありますが、兵庫県篠山市に古くから伝わる民謡であるデカンショ節を全国の学生が哲学者のデカルト、カント、ショーペンハウエルと掛けて歌うようになり、やがてその学生が履いていた高下駄のことをデカンショと呼ぶようになったというのが有力なようです。わたしの場合は小学校の高学年から履き始めたと記憶しています。なかなか慣れずに足首をひねることが何度もありました。でも、気分は最高でした。背が急に伸び始めた時でもあり、それに加えてデカンショを履くのですから、見える風景は別世界でした。

 「下駄を履かせる」という慣用句があるのをご存じですか。下駄の文化が衰退していく中でこの言葉もあまり理解されなくなってきているかもしれませんが、「数量や成績を水増しして良く見せる」という意味です。あまりいい脈絡では使われない言葉ですね。でも、まさに発展途上であった当時のわたしにとって、デカンショはいい意味でのステップアップのシンボルでした。

 その後の人生の中で、わたしは何度もデカンショを履く機会を得てきました。もちろん実際に履いたわけではありません。自分の能力や技量を超えたことにチャレンジする機会を与えられてきたということです。思い起こしてみるとどの時も、初めはデカンショを履いた時と同じように、道の窪みに足を取られて転んだり、バランスを崩して足をひねったり、はたまた歯の間に石が挟まって思うように歩けなかったりと、これで本当にやって行けるのだろうかと悩んだものです。しかし不思議なもので、時間が経つにつれて慣れてきて、デカンショが似合うようになってきました。決してデカンショが履きやすいものに変わったわけではありません。デカンショを履くわたしの能力や技量が、履き続けることによって少しずつ増していったのです。

 わたしはこれからも数々の新しいデカンショにチャレンジしたいと思っています。それがどんなデカンショであれ、履けば新しい世界が見えてきて、やがてはその世界が自分のものになるのですから。デカンショ、ご一緒にいかがですか。
by ohkimakoto | 2017-04-28 17:00 | 2017年分
2017.04.21
 東京を皮切りに日本全国を縦断した桜前線もいよいよ東北から北海道に移ろうとしています。芽吹きの季節ですね。お元気でお過ごしでしょうか。

 今週は、山形に住む母の白寿の祝いで帰省しました。東北道を北上しながらあたりの風景に目をやると、山々が萌黄色に染まり始めているのがよく分かります。夏とは明らかに異なる薄緑色の、ところどころに桜色が入り混じる風景からは、季節の移り変わりを敏感に感じ取る木々の営みが見て取れます。山形はちょうど桜が満開でした。実家の裏手の川沿いの道は桜並木で、道の両側から横に伸びた枝が空を覆う様子は、文字通り桜のトンネルでした。

 さて、わたしがモリンダ ジャパンの舵取りを正式に拝命してから今月15日でちょうど10年の歳月が流れたことになります。通訳で顔なじみになってはいたものの、ネットワークビジネスの経験がまったくない人物の、しかも日本人の登用に不安を抱かれた方も多かったのではないかと想像しております。

そのような中で大きな支えとなったのは、みなさまのモリンダに対する確信と情熱でした。なぜなら、わたしも同じ確信と情熱を抱きながら、すべてを後に残してモリンダに加わることを決意したからです。正直申し上げて、初めの頃は解決しなければならない課題も多々ありました。でも、励ましてくださったのはIPCのリーダーのみなさまでした。「わたしたちも力を合わせてがんばりますから、一緒にがんばりましょう」との力強い言葉に、同じ日本人であるわたしを支えようとのみなさまの温かいお心が痛いほど伝わってきました。

あれから10年。おかげさまで現在もわたしはこうしてみなさまとともに最前線でモリンダのために働かせていただいております。至らないことは多々ありますが、モリンダへの確信と情熱は変わらないどころか増すばかりです。これからの生涯、体力が続く限り全力で、モリンダの素晴らしさをたくさんの方々にお伝えしていきたいと思っています。わたしにとって、また妻にとっても、それがわたしたちの最大の幸せであると感じているからです。

わたしの心は今、これまでのモリンダへの感謝の想いで満たされています。まずは、ノニを天からの贈り物と信じて、大切な人々の幸せのために数千年にわたって受け継いできてくれた南太平洋の人々。また、そのノニを製品化して世界中の人々の幸せのために届けようと事業化に着手したモリンダの創設者たち。そして、これまでの20年間のモリンダの成長を陰で忠実に支え続けてくれた多くのスタッフ。

しかし最大の感謝は、敬愛するみなさまお一人おひとりへの感謝です。モリンダへの確信と情熱を胸に製品を愛用し、日々モリンダの素晴らしさを伝えてくださるみなさまがいらっしゃらなかったら、今のモリンダは存在しなかったことでしょう。それはこれからも同じです。今のモリンダがあるのはこうしたすべての方々の貢献があったからです。決してたった一人の人の業績ではありませんし、誰一人欠けてもモリンダは存在しないのです。わたしもスタッフの一人としてこの偉大な事業に参画できていることを栄誉に思っています。

モリンダはこうした方々への感謝の想いをしっかりと心に刻みながら、万人の課題である「健康」と「見た目の良さ」と「経済的自由」へのさらなる優れた解決策を求めて進化の道を歩んでいきます。そして、感謝からスタートするこの姿勢が、モリンダの価値を高めると確信しています。
by ohkimakoto | 2017-04-21 17:00 | 2017年分
2017.04.14
 先週、長女が家族全員で嫁ぎ先のアメリカから帰省しました。10日余りの滞在でしたが、春爛漫の日本を満喫して帰りました。

 帰国の日、長女がどうしても行きたいということで妻と一緒に訪れた場所がありました。子どもたちがまだ小さかった頃に住んでいた団地とその当時通っていた小学校です。あれから30余年の歳月が流れました。そうした時間の隔たりをよそに団地と学校のたたずまいは昔と同じで、訪れた娘は小学校から中学校にかけての懐かしい出来事を思い出したようでした。

 しかし、団地や学校の昔と変わらない光景の中で、強烈に時の流れの確実さを感じさせるものがありました。それは、団地の脇を流れる川に覆いかぶさるように両岸から枝を広げる桜並木です。わたしたちが住んでいた頃はまだ丈の低い若木で、あまり存在感がありませんでした。それが大きく成長して川面を覆うように枝を広げ、今では町田市の桜の名所に数えられるまでになりました。満開を迎えて大勢の人々が集まり、川沿いのフェンスから身を乗り出しながら見事な枝ぶりを愛でています。

 今週、フィギュアスケートの浅田 真央 選手が引退を表明しました。メディアは急遽特別番組を組むなどしてこのニュースを大々的に報道し、翌日の記者会見には今までにない数の報道陣が集まったようです。まさに国民的アイドルの引退記者会見でした。わたしたち夫婦もフィギュアスケート ファンで、浅田選手がどんなことを語るのか関心がありました。5歳から26歳までの21年間のスケート人生をどんな気持ちで送ったのか、そして、これからの浅田選手の新たな夢は何なのか。

 期待どおりでした。そこには何も飾らない、そのままの姿の浅田選手がいました。報道陣の質問に丁寧に、真剣に、自分の想いを何一つ飾ることなく語る言葉の一つひとつからは、浅田選手の純粋で誠実な人柄が感じられ、思わず涙がこぼれました。記者会見の場も温かな雰囲気に包まれ、これまでの努力と業績への感謝と新たな旅立ちが実りあるものとなるようにとの願いにあふれたものになったようです。確かに浅田選手は、母親やコーチとともに5歳の頃から大切にしてきたスケート選手としての桜の木を見事な大木にまで育て上げました。そして今、その桜の木は、日本はおろか世界中のフィギュアスケート ファンや選手たちの心の中に満開の花を咲かせているのです。ファンの1人として、これまでの彼女の21年間の努力に感謝するとともに、これからの20年がまた素晴らしいものとなるように願っています。

モリンダも同じように21年間、伝統と科学を重んじ、人を大切にしながら世界中の人々の幸せのために貢献しようと日々誠実に努力してきました。事実、モリンダのタヒチアンノニ ジュースは、数多くのコピー製品が出回る中で、21年を経過した今日でもノニを用いた飲料の中で最も多く愛用されています。そのモリンダがいよいよ来月、新たなブランドファミリーを正式導入します。他社には決して模倣できないノニ種子エキス配合のトータルケアブランド「テマナ」です。すでに先行販売を通じてお試しくださっている方々からは数え切れないほどの反響が各セールスオフィスやカスタマーサービスに寄せられています。常に最先端の科学とテクノロジーを真摯に追求し、製品開発のために再投資を行ってきたモリンダの、新たな20年の夢の幕開けです。ご期待ください。
by ohkimakoto | 2017-04-14 17:00 | 2017年分
2017.04.07
 関東はいよいよ春爛漫の季節を迎えています。桜前線も北上のスピードを上げていますね。新年度が始まり、わくわくした気持ちで新たな目標に取り組んでおられる方も多いのではないでしょうか。テマナ ノニ ブライトニングのサンプルプログラムも始まりました。ここからがモリンダの新たな20年に向けてのスタートですね。

 さて、モリンダの社長の仕事を引き受ける前の12年間、わたしは人財育成のコンサルティングの仕事をしていました。企業から依頼を受けて社員と会い、彼らが成長して企業の業績向上のためにさらに貢献できるように、いろいろなトレーニングを行っていました。日々異なった企業に出向いて異なった企業文化に接し、その文化の影響下で働くしかも初対面の人々が相手ですから、そのような人々とのたった1日や2日の接触でやる気を起こしてもらうのは並大抵なことではありませんでした。

 そうした中で、うれしいこともたくさんありました。研修で提示されるビジネス原則を謙虚な態度で熱心に学び、それを仕事や私生活に積極的に応用して結果を出してくれる方が大勢いたことです。人事の担当者から報告をいただくたびに自分が取り組んできたことが間違っていなかったことを確信し、「またがんばろう」という気持ちになったものです。

 先日の2017 ジャパン ビジネスサミットで、モリンダ ユニバーシティーの構想が最高マーケティング責任者のケリー・オルセンから発表されました。それを聞いて最もわくわくしているのはわたし自身ではないかと思います。モリンダ ジャパンの経営を任されてから10年間、「伝統」と「科学」に加えてわたしが最も力を入れてきた「人を大切にする」という部分がグローバル プログラムとして正式に導入されることとなったのですから。しかもケリー・オルセンは、「今後のモリンダを考える時、モリンダ ユニバーシティーほど重要なものはない」とまで語っています。

 詳細は後日発表されますが、まずは毎年2回(6月と10月)開催の、集合型のトレーニングプログラムからスタートします。アジア地域のIPCのみなさまが一堂に会するこのトレーニングは大きく基礎トレーニングと上級トレーニングに分かれていて、それぞれに参加条件が設けられます。上級トレーニングに参加するには基礎トレーニングを終えていることが必須条件です。費用はすべてモリンダの負担となりますから、モリンダが提示する戦略を学んでビジネスに取り入れることを希望する方々にぜひご活用いただきたいと思っております。

 モリンダのミッションは、誰もが願う「健康」と「見た目の良さ」と「経済的自由」を実現するお手伝いをすることです。今や「伝統」と「科学」に裏打ちされたモリンダ製品のブランド価値は、愛用される多くの方々が証明してくださっています。モリンダ ユニバーシティーが目指すのは、IPCのみなさまに製品からビジネスまでモリンダのミッションや戦略のすべてを深く理解していただくとともに、まずはご自身の生活に取り入れることによって結果を出し、モリンダ ブランドの代弁者(アドボケート)になっていただくことです。中でも、「経済的自由」の達成は最も重視している部分です。モリンダ ユニバーシティーを通してこの課題を達成する方が一人でも増えれば、モリンダというブランドはますます強力なものになることでしょう。今からとても楽しみです。 
by ohkimakoto | 2017-04-07 17:00 | 2017年分
2017.03.30

 みなさまにとってヒーローとはどんな存在でしょうか。326日の日曜日は、大相撲ファンのみならず、日本中の多くの人々の心の中にヒーローが誕生した日でした。新横綱の稀勢の里が大相撲春場所13日目の日馬富士戦で土俵下に落ち、左肩付近を強打。全治1ヵ月以上に及ぶ重傷を負ったにもかかわらず翌日からも続けて土俵を務め、千秋楽の本割で一歩リードしていた照ノ富士を下しただけでなく、20分後の優勝決定戦でも続けて勝利を収め、幕内最高優勝を勝ち取ったのです。

 わたしもそうですが、負傷した翌日の鶴竜戦での一方的な負け方を見て、今回の結果を予想した人はいなかったのではないでしょうか。表彰式では君が代を聞きながら感極まって何度も涙をぬぐう稀勢の里の様子がテレビに映し出されましたが、この光景を目にした多くの人々が胸を熱くしたことは疑う余地がありません。

 印象に残ったのは、優勝した当日のメディアからの「今、何がしたいですか?」との問いかけに、笑みを浮かべながら「稽古をしたいです」と答えたことです。これには驚きました。てっきり「ゆっくり休みたいです」と答えると思いましたから。稀勢の里の相撲道へのこうしたひたむきな姿勢は、確かに人々に感動を与えます。愚直なまでに誠実な態度はわたしたちの心を動かさずにおきません。確かに稀勢の里はわたしたちのヒーローです。

 でも、わたしたちの身近にもヒーローはいるのではないでしょうか。テレビに映し出されることはないかもしれませんが、たとえ小さなことでも志を曲げることなく、妥協せずに、決して諦めることなくやり遂げる人です。もしかしたらみなさまご自身がそのようなヒーローかもしれません。

 モリンダはそのようなたくさんのヒーローのおかげで、これまで20年以上の間、世界中70ヵ国の人々に幸せのメッセージをお届けしてきました。また、そのような方々の働きによってヒーローがヒーローを生み、モリンダのブランドの価値はますます高まっています。

 目的のためなら手段を選ばず、過去に受けた恩義などには目もくれず、自分が得をするためなら何でもするような人々が散見されるこの業界にあって、時間という試金石は物事の真贋(しんがん)をあぶり出し、わたしたちに何が正しかったのかを明確に示してくれます。どんなに取り繕っても、めっきはやがて剥がれるのです。隠れたことで明らかにならないことはありません。

 「世のため人のために役立つことを行う」という本物の志に動かされて創業し、その志を20年以上にわたって受け継ぐ企業に属するわたしたちは、今後もその使命を果たせるように、それぞれが真のヒーローにならなければなりません。

 真のヒーローは誠実で正直です。嘘をつきません。志を曲げることは決してありません。自分の弱さをしっかりと自覚し、それを謙虚に認めます。また、真のヒーローは人をヒーローにする人です。そのために、人の中に可能性を見つけようと努力します。そして、その可能性を少しでも解き放つことができるように全力を尽くします。そのようなヒーローに導かれたグループは活発で笑顔が絶えません。そして、一人ひとりがそれぞれの特色を存分に発揮してヒーローになるのです。

 テマナを始めとする4つのブランドがそろう今年は、モリンダにとって多くのヒーローが誕生する年になることでしょう。そしてそのヒーローたちが、モリンダのブランド価値をますます強固なものにしてくれるに違いありません。


by ohkimakoto | 2017-03-31 17:00 | 2017年分
2017.03.24
東京では火曜日は冬に逆戻りしたような冷たい雨に見舞われたものの、靖国神社のソメイヨシノの標本木の開花が5輪に達し、正式に桜の開花が宣言されました。春は確実に近づいています。

 2017 ジャパン ビジネスサミットが盛況のうちに閉幕しました。ご参加いただいたみなさまには心より感謝申し上げます。エンディングでの祝砲の後で天井から舞い降りたテープにはこう書かせていただきました。「可能性を解き放つ!」

 モリンダの可能性の核心をなすのは、誰もが願う「健康」と「見た目の良さ」と「経済的自由」の実現を支援するというモリンダの存在意義です。これは、日本を始めとする先進諸国が共通して抱える少子高齢化への有効な打開策となり、社会貢献につながります。歳を重ねても継続的な収入に裏打ちされた健康で若々しくはつらつとした生活を送る人々が少しでも増えれば、支える人と支えられる人とのバランスの改善が期待できるからです。

 モリンダが20年以上にわたって行ってきたことを一言で言えば、ブランドの確立でした。継続的な繁栄を願う企業にとってブランドがどれほど大切かは今さら言うまでもありません。世代を超えて人々の幸せな生活に寄与しようとしているモリンダが、ノニの伝統を大切にすると同時に更なる研究開発のために最先端の科学への再投資を行ってきたのは、まさにブランドの確立のためでした。その結果わたしたちが得ているのは、一朝一夕では決して勝ち取ることのできない、揺るぎない信用と信頼です。

 そして、サミットでも触れましたが、モリンダにはもう一つ大切なブランドがあります。そうです。この事業に携わるわたしたち一人ひとりが築く「人」としてのブランドです。人財育成のコンサルティングの世界からこの業界に身を転じたわたしの最大の関心事は、関わってくださる方々のブランド価値を高めるお手伝いをさせていただくことでした。なぜなら、お一人おひとりが築くブランドの集大成がモリンダの企業としての価値に大きく寄与すると確信していたからです。そして、伝統と科学とは異なり、「人」としてのブランドの構築はみなさまとの共同作業によって初めて実現できることです。この想いは今も変わりません。

 では、どうしたら人としてのブランドを築けるのでしょうか。『7つの習慣』のスティーブン・R・コヴィー博士は、「能力と人格の双方に働きかけて自分磨きをすることにより信頼性を高める」ことだと教えてくれています。

 一つのヒントとしてわたしの友人を紹介しましょう。30年前からお世話になっているヘアーサロンのマスターです。男性客を美容院に奪われて経営が苦しいヘアーサロンが多い中で、予約制の彼の店は毎晩10時頃まで明かりがついています。もちろん正規の料金です。彼のユニークな点は、日々の研究による抜群の技術力と、どのような客とでもまともに話ができてしまう知識量の豊富さ、そしてどんなに忙しくても毎日1時間以上かけて徹底的に行う掃除です。ですからわたしのように何十年も通い続ける客、引っ越してもわざわざ電車に乗ってやって来る客が多くいます。数年前の話ですが、勉強熱心な彼に懇願されて、カットをしてもらいながら時間管理のレクチャーをしたこともありました。

 このマスターのヘアーサロンはこれからも繁栄を継続していくことでしょう。なぜならコヴィー博士が言うように、「能力」と「人格」に働きかけることによって自分を磨き、個人のブランドを築いてきたからです。彼に対して絶対的な信頼を寄せているわたしのような常連客は、今まさにわたしがしているように、頼まれなくても宣伝してしまいます。

 わたしたちも個人としてのブランドを築きたいと思います。決して大それたことを考える必要はありません。ヘアーサロンのマスターのように、例え小さなことでも、信頼を得るために大切だと思うことを日々誠実に続けるだけです。「自分が変わり、人が変わり、世界が変わる」のですから。 
by ohkimakoto | 2017-03-24 17:00 | 2017年分
2017.03.17

 みなさまにこのメッセージをお届けするのは、2017 ジャパン ビジネスサミットの最終日です。間もなく関東では桜の季節。出席されたみなさまは、今後の、特に今年から来年にかけてのモリンダの製品戦略やビジネス戦略を目の当たりにして、意欲に燃えておられる頃ではないでしょうか。

 数千年の伝統に育まれた奇跡の果実ノニを世界で初めて製品化したモリンダ。そしてモリンダは、その後20年以上にわたり、ノニを始めとする有用植物の基礎研究や成分研究、さらには内外の研究機関との共同の試験を重ねることにより、単なる製品提供の企業から人々が共通に持つ願いをかなえるための支援をする企業へと進化を重ねてきました。

 またモリンダは、ノニの主要成分であるイリドイドの発見やその後の新たな健康指標としてのAGE(終末糖化産物)の啓発と測定推進活動を通して、そのブランドを従来のネットワークビジネスの枠を超えて大きく向上させることに成功しました。昨年8月には、日本経済新聞の朝刊(817日付)にモリンダとタヒチアンノニカフェが同志社大学との産学連携の一例として紹介されるまでになっています。そして今やモリンダは、「タヒチアンノニ」、「トゥルーエイジ」、「テマナ」、「モリンダウェルネス」というブランドを柱として、「健康」と「見た目の良さ」と「経済的自由」という共通の願いを満たすべく前進を続けています。

 しかし、こうしたモリンダの20年を越える歴史に想いを馳せる中で、わたしにはもう一つ、大切にしたいと思うものがあります。それは、モリンダが無から有を生み出したという歴史的な事実です。

 モリンダは無から有を生み出した企業です。モリンダが誇る旗艦製品タヒチアンノニジュースは、無から生み出されました。それまで、ノニを製品化した人や企業はなかったからです。

 無から有を生み出すには大きなエネルギーが必要です。タヒチアンノニジュースの製品化も例外ではありませんでした。ノニの研究の第一人者で生涯を通じてモリンダを全力でサポートしたラルフ・ハイニキー博士、モリンダ設立のために資本提供をし、アメリカ本社の社長としてサポートをし続けているケアリー・エイシー、斬新な報酬プランを構築したケリー・オルセン、ノニの探求のために経済的な支援をしたスティーブン・ストーリー、味の調合で主要な役割を果たしたローラ・ロバートソン(現モリンダ研究員)、タヒチ側の支援体制を構築したエドゥアルド・トゥアイラウ。モリンダがノニを発見してから製品として世に出すまでには、異なった才能を持つたくさんの人々の協力が必要でした。こうした一人ひとりの貢献なくして、モリンダは無から有を生み出すことはできなかったのです。

 モリンダがタヒチアンノニジュースを世に出した後、数多くの模倣製品が出続けています。「新たに開発された科学的手法で」また「別の植物を加えることによって」価値が高まったと称する製品も多く見られます。事実モリンダも、イリドイドを定量化して抽出する独自の特許技術を用いることにより、トゥルーエイジマキシドイドやトゥルーエイジ エクストラオリーブなどイリドイド強化製品を提供してきました。しかし、これらはあくまでも成分構成を科学的に変更した改良版にすぎません。数千年の伝統と現代の科学、それに愛する人々への想いが一つになって無から生み出された価値は、科学だけで解決されたものを凌駕するとわたしは確信しています。わたしたちはモリンダがタヒチアンノニジュースを旗艦製品として保持していることを誇りに思います。今こそ、無から生み出されたタヒチアンノニ ジュースの価値を再認識すべき時ではないでしょうか。モリンダは天からの贈り物であるノニの管理を託された唯一の企業なのですから。



by ohkimakoto | 2017-03-17 17:00 | 2017年分
2017.03.10

 東京マラソンが終わって10日余りが経とうとしています。妻もわたしもすっかり疲れが取れ、今月中にもう1回フルマラソンを走ってもいいぐらいです。このモチベーションが高い間に、これまでなかなかできなかった定期的なトレーニングを生活の一部として組み入れたいと考えています。そして、来年はもっとよく準備をして、楽しんで走れるようにしたい。これが妻とわたしの願いです。どうなりますことか。

 さて、明日で東日本大震災から6年。みなさまの心の中にはさまざまな想いが去来しているのではないでしょうか。被害に遭われた方々の中には、いまだに癒えることのない悲しみや苦しみと闘っておられる方がたくさんいらっしゃると思います。心よりお見舞いを申し上げます。

 津波でほとんどの家が流された仙台市の住宅地を震災直後に訪れる機会がありました。遮るものが何もなくなったその場所に立った時、数キロ先の海から直接吹いてくる浜風の独特の潮の香りを感じて涙が止まりませんでした。そこに存在していたはずのたくさんの家族の日常の生活が、一瞬にして失われてしまったのです。

 押し寄せてくる無力感にさいなまれながら、自分には何ができるのだろうかと真剣に考えました。一つだけ思いついたのは、どのようなことでも、世のため人のために自分がお役に立てることを精一杯、誠実にやろうということでした。もちろん、震災前もそのような想いで生活していたのですが、大自然の途方もない力を見せつけられて、小手先できれいに見せようとする人生はやめようと思ったのです。それは、20年以上にわたって世界中のあらゆる人々に健康と継続的収入を健全な形で実現しようと、ひたむきなまでに誠実な努力を重ねてきたモリンダの姿勢とつながります。

 『7つの習慣』のスティーブン・R・コヴィー博士が長年の研究の結果、成功した人々の中に見出した原則も同じでした。コヴィー博士はそれを氷山に例えて、目には見えない内面的な部分の重要性について教えてくれています。目に見えるスキルやテクニックなど外面的な部分をいくら良く見せても、それは氷山で言えば海の上に出ている部分で全体の2割にしかすぎず、逆に心や想いや動機など内面的な部分は目には見えないものの8割のインパクトをもって人の心に刻み込まれていくというものです。

 アメリカの男子プロゴルファーでバッバ・ワトソンという選手をご存じですか。2012年と2014年にマスターズチャンピオンになり、一躍トップ選手の一人として名乗りを挙げました。派手なピンク色のドライバーで放つティーショットの平均飛距離は300ヤードを超えます。

 そのワトソン選手には自己紹介をする時にこだわりがあることを最近知りました。どんな時でも肩書きは決して言わず、「バッバです」とだけ言うとのこと。「肩書きは自分という人間のごく一部しか表現しませんよね。それに対してバッバという名前はわたしの全人格を表わすものですから」と彼は言います。

 モリンダの事業を支えるのは、「伝統と科学を重んじ人を大切にする企業文化」です。その中で「伝統」と「科学」の部分は会社の20年を超える継続的な努力によって大きなブランド価値を生み出してきました。それに対して「人」の部分は、信頼性を高めるためのわたしたち一人ひとりの全人格の集大成です。

 いよいよ来週、2017 ジャパン ビジネスサミットが開催されます。日本全国からモリンダをこよなく愛する方々が舞浜のアンフィシアターに集結します。この機会を通して本物のモリンダが提供するビジョンと可能性を学ぶのみならず、お仲間のみなさまと一緒に器を磨き、充実したモリンダライフの実現につなげていただければ幸いです。



by ohkimakoto | 2017-03-10 17:00 | 2017年分



モリンダ ジャパン社長 黄木信からのメッセージ
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