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2014.06.27
 先日依頼を受けて、外資系企業の人事担当者が集まる定例会で講演をする機会がありました。以前コンサルタントの仕事をしていた時にお世話になったKさんがたまたまその会の座長をしておられて、声がかかったのです。

 打ち合わせのためにモリンダ ビルディングに来てくださいました。先方が希望する講演内容は、人事担当者やマネジャーの方々が部下に改善を求める前にまずは自分が変わること、それによってもっと影響力を高めたいというものです。もちろんそれは『7つの習慣』の中心テーマで、わたしが以前から大切にしてきたものでした。

 喜んでお引き受けしたかったのですが、心配なことがありました。こう尋ねました。「ご存じの通り、わたしの現職はモリンダの社長です。ネットワークビジネスに対してネガティブな想いをお持ちの方がメンバーの中におられるのではないですか?」

 意外な答えが返ってきました。「全然気にしなくて結構ですよ。逆に、モリンダさんのことをご紹介なさったらいかがですか?」そこでわたしは、7年前にモリンダに移った時のいきさつや、それ以来企業としての質を高めるために取り組んできたこと、その成果などを説明しました。「それいいですね。ぜひ話してください」

 こうしてメンバーの方々に講演の案内が出されました。講演者の経歴にはモリンダ ジャパン 合同会社 社長という現在の肩書きがしっかりと書かれています。

 当日、会場のホテルに着くと、開口一番、Kさんがこう言いました。「みなさんの反応が今までと違うんです」。普段は30名ぐらいが出席されるそうですが、結局、予約せずに参加された方も含めて45名の方が出席してくださいました。

 講演は、いつもわたしの講演会で使っているスライドを映しながら行いました。まずはモリンダの紹介です。数千年もの間珍重されてきたノニという果実の発見とその事業展開、また、わたしがコンサルティングの仕事からネットワークビジネスであるモリンダに移ったきっかけも含めて、モリンダが伝統と科学を重んじる企業であること、そしてその成果として、消費生活センターへの相談件数も比較的少ないことを話しました。

 ワクワクしました。45名の外資系企業の人事担当者が、モリンダの話に耳を傾けてくださっているのですから。

 後半は「人の可能性を解き放つ」ことを中心に話しました。可能性を解き放つには、まずは自分自身を振り返り自分が不完全であることを自覚すること。それができた時に人は初めて謙虚になり、新たな世界が開けてくることを、エピソードを交えて紹介しました。

 講演の後でKさんからいただいたメールには、「会場の空気がいつもと違って非常に澄んでいた」とのうれしいコメントが書かれていました。また、参加者から書いていただいたアンケートの結果からも、ほとんどの方が満足してくださったことが分かりました。

 ほんの小さな経験ではありますが、「正しい想いは心に響く」ことを確信した一日になりました。
by ohkimakoto | 2014-06-27 12:17 | 2014年分
2014.06.20
 「人生は出逢いの積み重ね」と言います。なぜでしょう。あくまでもわたしの考えですが、「人との出逢いは新たな気付きへの扉」だからではないでしょうか。自分と異なった人生を歩み、異なった世界を見てこられた方々から受ける気付きは、時として人生を大きく変えるほどのインパクトをもたらします。

 最近、そんな出逢いがありました。正確には「再会」です。以前この欄でもご紹介したパーソナルコーチングの第一人者である上田 比呂志さんです。多忙なスケジュールにもかかわらず、モリンダ ビルディングに足を運んでくださいました。家業である代々続いた料亭での生活や三越とフロリダのディズニーワールドでのお仕事を通じて培われた上田さんの「おもてなし」と「気遣い」の心は、今や日本人の特性の1つとして各方面で取り上げられています(詳しくは上田さんの新刊『「気がきく人」の習慣』アスコム刊を参照)。

 上田さんは最近、多忙な講演活動の中で体調を崩し、入院されたそうです。その時に、ご自身にとって大切な気付きがあったことを話してくださいました。それまでは、ご自分の使命は何か、つまり「命をどう使うか」を懸命に考えてこられたそうです。しかし病床で突然、まったく別の考えが心に浮かんできました。「今、取り組んでいることを全うするために命が永らえられたのだ」。上田さんはこうおっしゃいました。「これはまさに天からの声、『天命』でしたね」

 まるで霧が晴れたかのようでした。あのヌクヒバの山の上でジョン・ワズワースに押し寄せてきた「この果実はずっと世界から守られてきたが、今こそ世界に解き放つ時なのだ。何百万という人々の生活に恵みをもたらし、タヒチの人々の生活にも祝福をもたらす」という強烈な想いは、「天命」だったのです。事実、ジョンも上田さんと同じように、「それまでは仕事として取り組んでいたものが、この想いが刻まれてからはわたしの一部になりました。笑われても中傷されても決してあきらめることができなくなったのです」と述懐しています。(『ジョン・ワズワース ストーリー』p. 21~22参照)

 ジョン・ワズワースに託されたこの天命を出発点として、モリンダという企業が組織されました。モリンダに託された使命はこうです。「モリンダ製品には自然の力があふれています。この優れた力によってわたしたちの人生は変わりました。わたしたちの使命は、そのストーリーを伝えることにより地球上のすべてのものに恵みをもたらすことです」

 上田さんとの再会は、わたしたちの取り組みが天命を出発点としていること、その天命を全うするという使命を受けてモリンダが設立され今日に至っていること、そして、その使命を果たすためにIPCのみなさまとともに力を合わせて働いていることに気付かせてくれました。

 いただいた本には上田さんのサインの横に「天命に従い使命を果たす」と書き添えてありました。そうです。わたしの命も、この想いを伝えるために永らえられているのです。
by ohkimakoto | 2014-06-20 14:41 | 2014年分
2014.06.13
 アジサイが彩りを添える季節です。お元気でしょうか。梅雨はうっとうしいですが、植物にとっては毎年の生長に欠かすことのできない恵みの雨ですね。

 さて、6月11日、火曜日、池袋のサンシャインシティで行われたAGE測定推進協会主催、モリンダ ジャパンをはじめ複数の企業の協賛によるAGE測定イベントに参加しました。ゲストはタレントの石田 純一さん・プロゴルファーの東尾 理子さんご夫妻とマラソンランナーでモリンダ ドリームプロジェクトメンバーの中里 麗美さん。翌朝の民放テレビの報道番組で紹介されたのでご存じの方も多いことでしょう。

 プログラムが始まる11時には、会場となった噴水広場のステージの周囲が、駆け付けてくださった大勢のIPCや一般の方々で文字通り埋め尽くされました。吹き抜けになった上階からも大勢のみなさまが身を乗り出してイベントに参加してくださっていました。

 最初のトークショーではまず、久留米大学医学部教授の山岸 昌一先生がAGEについて説明。その後で石田 純一さん・東尾 理子さんご夫妻が拍手に迎えられて登場し、TrūAgeスキャナーで体内年齢の測定を体験しました。石田さんは暦年齢60歳に対してTrūAgeが39歳、東尾さんは暦年齢38歳に対してTrūAgeが40歳でした。この結果にお二人とも互いに対して「意外」なようでしたが、体にいいものを取り入れることによってこれからもAGEを意識していきたいと話してくださいました。もともと健康には関心の高いお二人だけに、そのコメントには大いに説得力がありました。

 中里 麗美さんは午後のトークショーに出演。AGE測定推進協会研究員でありモリンダ ジャパンのチーフサイエンティフィックオフィサーである勇 史行からの問いかけに元気に答えてくださいました。今後、体調を十分に整えて今後のレースに備えるとのことです。

 モリンダは今後もAGEの認知向上と測定推進を支援していきます。それは、これから5年後、10年後にAGEとその管理が健康上の最も大きな課題になると確信しているからです。わたしたちは文字通り、この活動の最先端にいます。

 日本では人口構成が今後ますます逆ピラミッド型になり、高齢者の数が勤労者の数を大きく上回ってきます。消費税増税も根本的な解決には程遠く、少子化対策もたとえ効を奏して出生率が向上したとしても、生まれてきた子どもたちが勤労者として高齢者を支えるようになるまでには、20年以上の歳月がかかります。

 わたしたちモリンダはAGEの認知向上を通して、この問題を根本から解決したいと考えています。つまり、人々がまだ勤労者であるうちからAGE値を通して自分の本当の年齢(体内年齢)を知り、それを指標として自分の健康を管理することによって、やがて年齢的には高齢者となっても、健康で自立した生活ができるように、しかも、モリンダ独自の報酬プランを通して、経済的にも自立できるように支援するのです。これは大きな社会貢献です。

 1996年、モリンダは「世界のために何かいいことをしよう」とのスローガンで事業を開始しました。それが今、日本という国で実行に移されようとしています。
by ohkimakoto | 2014-06-13 14:28 | 2014年分
2014.06.06
 アメリカ北部の町でのさわやかな1週間から帰国したわたしたちを待っていたのは、30度を超す夏日の毎日。しかし、それで驚いてはいられませんでした。帰国の翌日、講演会のために訪れた大阪 セールスオフィスは、外の気温を上回る熱気であふれていました。マネジャーの井上が興奮気味にこう言います。「ドアオープン前から並んでくださっていたIPCの方々に『席取りのルールをきちんと決めてください』って言われたんですよ。こんなこと、今までありませんでした」

 用意した椅子がなくなってしまいました。初めて来られた方が50名以上。大阪 セールスオフィスに属するIPCのみなさまの勢いが伝わってくるようです。講演をしながら眺めていると、みなさまいい顔をしていらっしゃる。とても楽しそうです。「大阪はこれでなくちゃ!」そう思いました。

 梅田の雑居ビルの、重い鉄の扉のあの小さなオフィスを思い出します。誰もが、本来のモリンダの姿にふさわしい別の場所に移りたいと考えていました。そして見つかったのが心斎橋の、1階にアップルストアが入っているビルの10階のスペースでした。

 しかし、当時の近畿地区の活動規模からすると、フロアの4分の3までの賃貸が限界です。それでもいいと思いました。以前の場所と比べるとかなり広いですし、明るいですから。ところが、契約の段階になって不動産業者が、「同じフロアに入る予定のテナントを他の階に移動させるとしたら、全フロアを借りる意思はありますか」と持ちかけてきたのです。アメリカ本社に問い合わせると、思いもよらない承認の返事。運命を感じました。

 あれから数年の歳月が流れました。今や大阪 セールスオフィスは文字通りモリンダ ジャパンの第2の拠点として、関西のみならず全国の主力リーダーの活動の中心となっています。

 さて、その大阪での講演会を前に、1人の素晴らしい方とお目にかかり、親しくお話をさせていただきました。お子さんが4人いらっしゃる現役のお医者さんです。彼の自己紹介の言葉に感動しました。「病気ではなく、人に向き合う医者になりたいと思っています」

 その信念を実行に移すために、この方はまず救命救急医療の現場で経験を積み、どのような事態でも対応できるだけの技術と経験を養います。そして今は、老人医療の施設に所属することにより、人生の締めくくりの時期を施設で過ごす方々に寄り添いながら、医療に携わる者としてどうしたらお役に立てるかを考えているとのことでした。今年の秋には、これまでの経験の集大成として総合病院に移り、一人ひとりの患者さんと人として向き合おうとしておられます。微笑みを絶やさない謙虚な物腰の中に、しっかりとした信念をお持ちの方でした。

 その彼が最終的に捉えてくださったのがノニであり、モリンダでした。ジョン・ワズワースのヌクヒバでの体験を原点とし、伝統と科学を重んじ人を大切にするモリンダの哲学に触れて、「自分が探していたのはこれだった」と確信されたそうです。

 この世代を超えたメッセージを、数千年にわたる伝統の時間の重みと最先端の科学の力、そして人と人とをつなぐ愛と信頼の絆で伝えていければと思います。
by ohkimakoto | 2014-06-06 10:03 | 2014年分



モリンダ ジャパン社長 黄木信からのメッセージ
by ohkimakoto
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